Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

悲劇か喜劇か


 「疲れた」 その一言に尽きる一日だった。僕は食品関係の仕事をしているので、試食をする機会がけっこうあったりする。頻度でいうと一ヶ月に2〜3回といったところだろうか。今日も上司や同僚と僕の会社で提供しているメニューを試食した。一通りのメニューを食べた後、悲劇の幕は上司のこんな発言から切って落とされた。


「この味噌汁はなんだ?こんな味噌の味がしないものを提供しているのか?すぐに見直せ!!馬鹿野郎!俺はなあ、料理を知っている。お前らと違って舌が肥えているから舌をつけた瞬間に味がわかるんだよ」


 僕はこのコトバを聞いたとき、どう対処していいかわからなかった。たぶん、いや確実に口を大きく開けた間抜け面を晒していたに違いない。どうやら、人間は許容範囲を超えた恐怖に遭遇するとどういう顔をしていいかわからなくなる生き物らしい。恐怖の源は上司の言う味噌汁が「味噌汁」ではなく「コンソメスープ」であったことにある。味噌汁でないのだから味噌汁の味がしないのは当然だ。上司以外の面々は皆それがわかっている(当たり前だ)。それでも味覚のオカシイ人は周囲の空気を読まないで騒ぎ続けた。


「お前らは味噌汁を知らないのか?」「そんなことでこのビジネスがやっていけると思っているのか?」「お前らは料理というものを知らない」「なあ、俺の言っていることが間違っているか?答えてみろ」(根本から大間違い)


 悲しい哉、僕らは会社組織の最下層に生息している脆弱で儚いサラリーマン。もちろん僕だって真実を明らかにして、この喜劇を終わらせようと思ったけれど、上司の間違いを指摘するリスク、部下の前で上司に恥をかかせるリスクを考えると、このまま嵐が通りすぎるのを待つことにした。その場にいた、上司以外の全員が同じ、家に閉じ篭って嵐の通り過ぎるのを待つ気持ちだったに違いない。ドラマや映画の弁護士や刑事や探偵たちは「私は真実が知りたいのです」なんて台詞を真剣な眼差しで言うけれど、真実なんて自分の立場を守るためには闇に葬り去られるものなのだよ、ワトソン君。


 騒いでいる上司をやり過ごそうとしていたら、目が合ってしまった。僕は当たりクジ付のアイスキャンディーで当たりを出したことはないけれど、こういう方面についてはやたらと運がいい。悲劇は加速。質問が飛んできた。


「なあ、この味噌汁、味噌の味がしないよな?どうなんだこの味噌汁は。営業の立場からはっきりとこの味噌汁を評価してみろ」
「味噌の味は、、しません」
「で、どうなんだ、この味噌汁は?美味い味噌汁なのか、不味い味噌汁なのか、評価してみろ」
「味噌の味はしません」
「何だって?」
「味噌の味はしません」
「駄目なやつだな。俺が評価してやる。この味噌汁は不味い!味噌の味がしない!すぐに見直せ!ガハハハハ!」


 唾の弾幕を四方に飛ばしながら素晴らしい結論を導き出し、豪快な笑い声と共に上司は去っていった。残された僕らは、上司の味覚音痴と料理への無知さについて笑った。そのうち、誰かが「笑えるけど仕事の面からすれば深刻な事態だよネ」と呟いた。最近の会社の芳しくない業績が脳裏をよぎったのだろうか、誰も笑わなくなった。僕は、毎度おなじみの土管のある公園で、ジャイアンに対峙するのび太の気持ちがわかったような気がした。そして僕の傍らにドラえもんはいない。