Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

さよなら江ノ電303


 彼岸なので父の墓参りに行こうと思い、線香とライターを持って部屋を出た。父が亡くなってからかなりの歳月が経った。大学に入ったばかりの僕はオッサンになり、高校生だった弟は父親になった。まめに墓参りには行っているので、あらためて父に話すことなんて、ない。墓前で家族の現状を、ただ伝えるだけだ。


 父の墓は鎌倉にある。幼いころ、父と過ごした町だ。江ノ電がトコトコ走っている古い町だ。江ノ電は藤沢から鎌倉を結ぶ私鉄で、町のなかをぬうように走っている小さい路線だ。僕は、かなりあやふやになってしまった70年代の記憶が蘇るのではないかと、父の墓に行くときは江ノ電を使う。車窓から鎌倉の町を眺める。今日もそうだ。


 江ノ島。鎌倉高校前。海岸と町並みの連続を眺めていると、極楽寺駅手前の車庫に人だかりが出来てるのを見つけた。人の山はじっとして動かない。気になったので、極楽寺駅で降り、さっき見つけた場所に向かうと、廃車になる江ノ電のお別れ会が行われていた。



 廃車になってしまうのは、303号車。僕も父もよく乗っていた、思い出深い車輌だ。長い間頑張ってきたけど、とうとうリタイア。今日は305号車を従えて最後のお披露目。分解して新しい車輌へ部品が提供されるというのも、なにかもの悲しい。僕は、303号車と二人だけになって、最後の姿を撮ろうとしたけれど、なかなか叶わなかった。


 

 


 大人の姿をした子供、あるいは子供のこころをもった大人が形成する、頑強なファランクスが、僕の行く手を阻んだのだ。ファランクスを突破しても、遊軍が抜け目なく僕のファインダーを脅かす。「本物」には到底かなわない。


 


 303号車との二人だけの対面を諦めた僕は、背後の隙間や、車内からこそこそと、その勇姿を記録した。好きな女の子を、こそこそ遠目に眺めているだけだった高校時代のメモリーが、否応にも蘇った。でも、いいんだ。満足だ。303号車がこれだけの人に愛されているのを見られたから。会場の皆。最高だ。少し独り言が多いけど、それを差し引いても最高だ。江ノ電303号は、これからも僕らの心のなかを走り続けるんだ。僕と父の記憶のなかを走り続けるんだ。ずっとずっと。そして頑張れ305号。