Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

3月のオッサン


 空模様は晴れ間と雲がごちゃごちゃに混ざり、アダルトビデオのモザイク処理のようだった。帰宅途上に駅前に一軒だけあるコンビニに立ち寄るのがここのところの日課だ。用事があるときもないときも立ち寄る。たいていは用事なんてない。コンビニとは世の中の縮図のようなもので、陳列してある商品と雑誌を眺めているだけで流行が漠然とみえてくる気がする。コンビニに立ち寄るのは、世の中が動いている中に少しでも身を浸したいからだ。仕事以外の部分での人との接する可能性を少しでも持ちたいからだ。


 500ml缶発泡酒を3つと「オクラとメカブのサラダ」を手にとってレジへ向かい、チキンをひとつ注文する。ジューシーと辛口がございますが?という問いに対して、体をビートに合わせて縦揺れさせながらヘッドフォンの音で聞こえないふりをして無視を決め込むとジューシーのほうが出てくるのがこの店のルール。ヘッドフォンから流れるミュージックはしょこたんの「空色デイズ」 店員が口パクしているのを黙殺しながらレジの画面にデジタル表示された数字をみて小銭入れから一円玉と五円玉の枚数を数えながら出していたら、「チッ」っと後ろに並んでいたオバサンに舌打ちされた。これくらいのことで。心が狭いというか余裕がないんじゃない?もう少し優しく生きられないの?そう思いつつ穏やかにおじぎをしてやりすごし家へと向かう。僕はそういう大人だ。


 冬物のコートをクリーニングに出してしまったのを後悔しながら暖房のスイッチを入れ、コタツの上に発泡酒とサラダとチキンを並べる。風邪対策のうがいをしてから、本日のメインでおわすところでございます「オクラとメカブのサラダ」を開けて割り箸で攪拌した。ネバネバとしてきたタイミングで本日のメインでおわすところでございます発泡酒壱号機をグビグビを飲み始める。「発泡酒残機2機」という悲しみを抱きつつ、「オクラとメカブのサラダ」に箸をつける。違和感。極薄味。錯覚かもしれない。うん。違和感を確認。味のなさを確認。よくみるとドレッシングは別売ですと書かれたシールが貼ってあった。いつからこういうシステムになったのか。人の心はうつりにけりな。冷蔵庫を覗いてもドレッシングのような外人レベルのものはなかったので仕方なく塩を選択した。


 塩味で持ち直した本日のメインでおわすところでございます「オクラとメカブのサラダ:ソルトレイクシティ風味」を食べ始めるがサラダのなかにどうしても千切れない薄いものがあることに気付く。飲み込まないよう舌で押し出すと「召し上がれません」と書かれた薄いシートが出てきた。シートよりも自分の舌の苔の生えっぷりに驚き、流しにかけこんで指で舌を洗った。ついでに顔を洗った。目を開けると右目がぼやけていた。コンタクトレンズが給水口に吸い込まれていく様子を残された左目で確認。視界を半分失いながら発泡酒のところにたどりつこうとするうち、知らず知らず留守電の再生ボタンを押してしまった。留守電にメッセージが残っていることなんて滅多にないので「メッセージは一件です」という機械的な音声に驚き、立ち止まってメッセージの再生を待つ。「ツタヤです。〜が延滞になっているのでお知らせに…」メッセージは途中で消去した。


 再び本日のメインでおわすところでございます「オクラとメカブのサラダ:死海風味」をつまみに発泡酒を飲み始めた。朝から家に置き忘れていた個人の携帯をみる。受信メールゼロ。そんな事実を認めるのが嫌なので会社の携帯から自分の携帯へメールを入れた。「宛先 自分」「題名 Re:」「本文 今日も一日がんばったYO!おつかれ」背面液晶が点滅してメールの受信を伝えてきたけれど虚しさが自分のなかでいっぱいに拡がってしまって見ることが出来なかった。そんなことをして飲み続けているうちに僕は居眠りしていた。目が覚めると目の前に空き缶が三つ転がっていた。携帯は相変わらずメールの受信を点滅で告げていた。「この世の何処にもお前の居場所なんてない。お前を必要としている人なんていない」僕にはそう通知しているモールス信号にしか見えなかった。ジューシーだったはずのチキンは既に干からびていた。



−フミコフミオ(ヨシフミ) これが僕の名前


山と海に挟まれた小さな町でこれから僕は暮らしてゆく


34歳  − 職業 会社員