Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

モテたい一心でケツメイシを歌ってはみたけれど


 昼カラオケを格安でやっているスナックにたまに顔を出す。完璧に歌えると格好いい。そう教えられて以来、春になるとその店でケツメイシの「さくら」を歌っている。真面目に聴いたことがないので、まともに歌えやしない。まるで国語の授業で指名されて教科書を読むときのように、音程とリズムの欠落した、若者に迎合しようとするオッサンのもの悲しさだけが際立った不恰好なR&Bの発表会。ヒュルリーラヒュルリーラの部分で帳尻を合わせると平日の夕方から飲んでいる方々からの乾いた拍手が疎らに響いた。


 カウンターに戻りママがアンタこんなとこにいちゃダメよと言うのを無視しながらウーロンハイを飲んだ。お花見には行ったの?ママは僕の態度に構わずに続けた。一人で行ってもつまらないから。そう切り返すとママは何も言わずブワッと煙草の煙を吐いた。煙の紫色がミラーボールに照らされて色と形を万華鏡のように変えながら天井に昇っていくさまを眺めた。僕もああやって変化しながら生きていけるのだろうか?煙が夏の虫が殺菌灯に飛び込んでいくようにダクトに吸い込まれるさまを眺めた。僕もああやって巨大な何かに飲み込まれてしまうのではないだろうか?


 ママが煙草を灰皿で揉み消す様子を眺めた。何度目だろうか。その仕草がスローモーションに見えたのは。店を出た。表通りの桜。花はまだ残っていて、夜空とネオンを背景に輝いていた。白く。淡く。その姿は輪郭がわからないほど淡くぼんやりとして。僕には自分の明日のように思えた。やがて桜は散るだろう。季節はめぐるだろう。次に桜が咲き誇る頃、僕は何をしているのだろうか。やはり不恰好なヒュルリーラを繰り返しているのだろうか。「さくら」を教えてくれた人の顔すらうっすらとしか思い出せない僕に、未来のイメージを思い浮かべるなど出来るはずもない。花びら舞い散る。記憶は舞い戻らない。こんなしょぼい日常を打破する呪文はただひとつ。イエス!オッパイ!