Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「はてなTシャツ当選記念日記」蒸れるほど暑い夏に僕はいる。

 赤信号、背景は曇り空。フロントガラスを額縁にして四角形に切り取られた赤と薄灰色のコンビネーションは信号の意味を見落とすことが出来ないほど完璧。僕は停止線の手前1メートルきっちりに車を停め、ズリャっとサイドブレーキをひいた。すると道路の左脇の電柱の影から男が一人てててと駆け足で飛び出てきて誰もいない助手席側の窓ガラスをコツコツと叩いた。あん?相手の服装。量産型スマイル。ポリスマン。僕は苛立っていた。国家権力くらいが喧嘩相手にちょうどいいくらいに苛立っていた。


 先月僕の会社に導入されたばかりの業務車、通称「ラブワゴン」は今どきマニュアルシフト。中古で外見もくたびれていて、西部警察のクラッシュ要員に似た哀愁が漂っている。マニュアルシフトは一歩譲って許せるとしても窓の開閉まで手動のレバーというのはどうにも解せない。以前、居酒屋で部長は手動窓の車を採用した意味について力説していた。


 「会社の電力がどれだけ節約できどれだけ社会貢献に繋がりどれだけ俺の目が洞爺湖へ向いていてどれだけ俺が地球のことまで面倒をみるいい上司なのかどれだけ俺がハンドルを握っていないか。どれだけ。俺が。どれだけ。俺が」彼の調子がおかしいのは暑さのせい。僕は終始ゲップ混じりの演説をビールと一緒にどこかへ流し込む作業に没頭していた。ぜんぶ夏のせい。


 おかげで僕は料金所で支払いを済ませるたびに、唇でハンドルを押さえつけながら、左手でシフトをバコンバコンと上げ、右手で窓レバーをぐるぐると回し、左足と右足でクラッチとアクセルのペダルを適当に交互にムンムン押すという乱交プレイのAV女優みたいな行為を強要されたわけだ。苛立つのも仕方ないだろう?ぜんぶ夏のせい。


 高速を降りて海岸沿いの国道に入る。バックミラーにオープンカー。肩へ届きそうな長髪にターミネーター風グラサンをかけた若者と派手なギャル。ギャルのオッパイは半分露見していた。これが世に名高い見せブラか。しかし不思議なことに感動も感慨もなかった。僕が汗水をどろりんと流し、神経を磨り減らして働いていた昼間。彼らは僕の左手に包まれているシフトノブの数字が5までしかないのを嘲笑うかのように6になったり9になったりしていたに違いない。数字では飽きたらないのが若者の乱れた性。シャチホコ。駅弁。お馬さん。水餃子。現実と幻想が交錯した動態模写を楽しんでいたのだろうか。


 突然、古いキャッチコピーが浮かび上がった。「人は、誰かになれる」 僕は地域限定版アンゴルモアの大王になることにした。覚醒せよ、若者!坂道発進失敗を装った。ラブワゴンが静かに坂道を降りていく。この長い長いくだり坂をー。スーッと降りるラブワゴン。バックミラーに若者とギャルのひきつった顔が映る。ゆっくりーゆっくりー下ってくー。ラブワゴン、スーッ。衝突の寸前、アンゴルモアの大王は僕に戻る。見事な坂道発進で離脱。これが僕の流儀。苛立つのも仕方ないだろう?ぜんぶ夏の性。


 苛々の飽和。最初の兆候は足の蒸れに顕れた。空調ダイアルを回して足下から送風するように設定して対応。瞬く間に車内を温泉卵のような、小便器のなかに転がっている色玉のような甘酸っぱい匂いが包んだ。おかしい。昼休みのファミレスのトイレ。僕はギャツビーフェイシャルペーパーで両足の五指の間全てを拭き取ったはずだ。臭いはずがない。


 足元に部長が潜んでいるのかと思って覗いた。目に入ったのはサンダルと指割れソックスに包まれた僕の綺麗な足だけ。残酷な現実を受け入れるとなんだか顔もベカベカしてきた。確かに「うひゃあ脂ギッシュだねぇ」「光当てたら虹が出るんじゃねー」みたいな嘘や冗談を言われていたけれどあれは真実、本音だったのか?手が空くたびギャツビーフェイシャルペーパーで耳の穴まで拭いているのに?苛立つよね…。これも全部夏のせい?


 ベタベタが気になるので胸のポケットからギャツビーフェイシャルペーパーを取り出して顔を拭いたときだ。ポリスが現れたのは。「あなた運転中ケータイしてたでしょう」おかしなことを言うのを左耳を拭きながら聞いた。あん?僕はさっと手を離してギャツビーが顔の脂で付着した様子をクールにみせつけてやる。ポリスは行ってよしとジェスチャーした。嫌な笑い顔を浮かべながら。悠然とした僕の態度に怖気づいたのだろうか。


 僕は行くよ。言われなくても。僕は行くよ。どこまでも。本日何度目かの乱交プレイでシフトアップ。僕には見える。心のなかの無限大のギアが。まだまだ僕はいける。加速出来る。どこまでもいける。そして。あの曇空の向こうがわには真っ青な夏の空が約束されている。はてなTシャツでギャルにモテモテなビーチの僕が約束されている。「ラブワゴン」標準装備のカセットプレーヤーからはハイポジテープに吹き込んだ69'n' Rollがエンドレスに流れていた。


 (はてなTシャツ当選!どれにしよう。http://d.hatena.ne.jp/hatenadiary/20080710/1215679451