Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

僕は音楽でオッパイを揺らす

 音楽を探している。踊るための音楽を。



 七月の初めの日に電話が鳴って、ダンスイベントの音楽を任されることになった。時間があまりない。僕は毎晩部屋に帰るなりネクタイを外しYシャツを脱ぎ、過去のセットリストと格闘している。曲の組み合わせを考えては音楽プレイヤーに入れ仕事の合間や通勤中に聴く。修正点を見つけては部屋に戻り頭をひねる。今週はこのリプレイ。たぶんこの格闘に特効薬や正解や決勝ホームランはない。



 理想はある。イベントに参加した人全員が踊りやすく、帰るときに参加して良かったと思える心地好い音楽。構成するエレメント。ノリやすいリズム。弾むビート。普遍的で親しみやすい旋律。サウンド。音。叶うなら普遍性と同時にハートに火をつけるような官能を持たせたい。それは耳にした人が衣類からオッパイがはみ出してしまうほどの激しい舞踏を喚起するような、音。


 アース・ウインド・アンド・ファイアーの「宇宙のファンタジー」、ストーンローゼスの「フールズゴールド」、ビョークの「プレイデッド」。僕はそれらのダンス・クラシックを加えては削っていった。ロック、ジャズ、ジャイヴ、シャンソンを経て、より民族的、古典的なダンス、舞踏音楽にたどり着いた。21世紀の今日、それらの音楽は本能的な舞踏のビートを顕にする。古のトップレスダンスの遺伝子がそれらのなかには強く残っている。息をしている。ダンスが、舞踏が、音楽のなかで呼吸をしている。


 音楽と戯れているうちにいつしか僕はピアノの先生とのやり取りを思い出していた。あれは小学校低学年の夏の日だ。先生は言った。「音楽は時間の芸術です。真摯に向かい合わないと誰の心にも届かないで流れていってしまいます。そのかわり心に触れた音楽は大きく膨らんでいって一生の宝物になります。あなたの大好きなオッパイみたいに」「わかったーオッパイだね。ボクちゃんとやるよー」そう言って僕は鍵盤に集中してそっと指を添えた。古いグランドピアノが音を奏ではじめると先生は柔らかな表情を浮かべ紅茶をすすり目をつむって僕のソナチネに耳を傾けた。


 僕は音楽が好きだ。先生、音楽は素晴らしい。生きている間に世界中の音楽に触れたい。夏は音楽の催しものが多くて楽しいよ。先生、オッパイは素晴らしい。世界中のオッパイに触れたい。夏はオッパイ国が少しだけ鎖国を解いてくれるから楽しいよ。僕のなかで音楽はオッパイと共にある。


 セットリストは決まった。ヘッドフォンをして悩み抜いたうえの「トラック1」再生。踊れ。オッパイを揺らせ。何度も聴いているので冒頭のイントロからシャウトへの流れは鮮明にイメージできる。甘美なイントロ。チャ・チャ・チャ・チャラン・チャチャ。それは予めレールが決められていたように突飛で情熱的な咆哮へと続く。ハア〜アア〜アア〜♪ドラリドラリのドラえもん音頭〜♪ 音楽が、始まる。


 盆踊りは、来月。たくさんのオッパイが揺れてはみ出る景観を僕は目撃するだろう。「多忙」を理由に音楽担当から逃亡したオッサンが毎日スナックで昼カラオケに興じているのを僕は知っている。明日、そのスナックに乗り込むつもりだ。ヘッドフォンからはトラック1が流れ続けていた。脱いだYシャツと靴下から湯気と匂いが立ち昇る部屋で僕は呟いた。「ロックンロール!」