Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

眉唾ゴックン


 ハローサムシンッ!人を欺き、傷つける種類の嘘そのものと、そういった嘘を生み出す存在を僕は憎んでいる。今、僕は食品関係の仕事をしていて、直接被害に遭ったわけではないけれど食品偽装の問題で慌ただしい毎日を送っている。疲れが僕の身体を突き抜けてアリトルビットナチュナルハイ。食品についての様々なニュースへの社会的な関心が大きいのは、それが口から体内へと摂取されるからだろう。確かに得体のしれないものを実際に口に入れたり、入れたときの記憶を再生したり、入れる可能性を想像したりすれば、「オエーーッゲボボボボッ」が身体の奥底から噴き出てくるのが普通の人間だろう。


 僕が嘘を憎むようになったのは一本の笛が原因だ。誰でも小学生くらいの時期に好きな人のリコーダーを舐めたくて仕方がなくなった経験があるだろう。阪急にブーマーがやってきて、春のキャンプにブーマーネットが出来たころ、僕は重度の好きな女の子リコーダー舐めたいシンドローム患者だった。僕のターゲットは外人みたいな顔をしたクラスのアイドル、ミズホちゃん。「ミズホちゃんと手を繋ぎたい」とか「ミズホちゃんと遊園地に行きたい」とかそういう願望はなくてただ笛を舐めたかった。狂おしいほどに笛。笛。ふえ。ああ笛になりたい。ミズホちゃんのミントのスーッとする息が口から入ってメザシの串みたいに僕の身体を縦に吹き抜けたらどんなに素敵だろう。ミズホちゃんのアクアフレッシュで磨かれた涎が臍のちょい下あたりに溜まってしまったらそれは夢そのものじゃないだろうか。叶わない願い。神様ー!慈悲をー!叡智をー!


 神様は意外と近いところにいた。登校班班長にしてひとつ年上のユウちゃんだ。彼は栄光の班長腕章を朝日に輝かせながら僕に策を授けてくれた。一丁目の神が産み出した悪魔の策。僕はある朝、誰よりも早く教室に忍びこんでミズホちゃんの机からにょきっと突き出たリコーダーを手に取った。デニムの半ズボンから伸びた両足には一面のチキンポック。白い偽革の縁取りとオレンジ色の布地で出来たケースの蓋をめくると黒と白のプラスチックで出来たリコーダーが出てきた。口を付けるところには虫が歩いたように歯の跡が行進していて僕はそこにミズホちゃんの存在を感じた。キス。レロレロ。儀式はあっという間に終わった。罪の意識があったのかもしれない。その罪の意識はやがて完全犯罪を成し遂げたという既成事実によって大半は押し流され、流されなかった部分は変質し全能感へと姿を変えていった。やがて教室に一人、また一人と友達がやってきて学校が始まった。


 犯行の発覚は音速のように早かった。西部警察を毎週欠かさず観ていたバカなシバタに学校の「刑事」だと吹き込まれて立候補した「掲示委員会」の素晴らしき仕事を僕がやり終えてクラスに戻ると暗く重い空気が席に着いた皆の頭上に立ち込めていた。忍び足で僕が席に付くと先生が口を開いた。「悲しいお話をしなければいけません。エンドウさん(ラブリーエンジェルミズホちゃんの苗字)のリコーダーがイタズラされました」エンコ!ダセー!エンガチョ!誰だよー!クラス中が降って湧いたような大騒ぎ。僕もどさくさに紛れて大声を出した。冷や汗ダラダラ。先生は出席簿で罪のない教壇をバヮと叩いて言った。「今から目を閉じてください。もし間違いをした人がいるなら手をあげてください。先生は秘密を守ります。さあ目をとじて」先生以外のクラス中の視界が閉ざされた。僕は目を閉じたふりをしていた。薄目で頭を動かさないようにしながら周りを見渡す。冷や汗をかきながらゆっくりと手を挙げようとすると、二つ右の席にいたクラッシャーイケダが手を挙げる影が睫毛の隙間から見えた。イケダは教室の後ろの壁に貼り付くようにあるロッカーの上から飛び下りて足を挫いて跳ね転がりストーブの煙突を破壊して皆からクラッシャーと呼ばれるようになった遅咲きのヒーロー、というかヒーローになったと勘違いしている可哀想なやつで顔はタッチの南ちゃんに飼われているパンチに似ていた。「わかりました。皆さん目を挙げてください」と先生。僕はわけがわからなかったので下校時間のチャイムが帰ると校門で待ち構えて背後からクラッシャーイケダのランドセルにミドルキックをお見舞いした。


 「うわっ!」「うわっじゃねーよ。クラッシャーだろーさっき手を挙げたの」「えーなんで知ってんの?」ゲロゲロ。ヘッドロックを極める。「てめーいつ舐めたんだ」「痛いよ。昨日の放課後だよー」ゲロゲロ。「もういいわクラッシャー。内緒にしておくよ…」力が抜けた僕にはそう言うしかカードが残されてなかった。僕はミズホちゃんだけじゃなくてクラッシャーとも…。オエーッ。ゲボボ。お腹を壊し気味の僕に、クラッシャーは厳しい現実フルコース油コッテリンコをたんと召し上がれと突き付けてきた。「おかしいなあなんでわかったんだろ。俺エンドウのリコーダーの上の部分ごと自分のと取り替えっこして家で…」どうやら僕はクラッシャー100%のリコーダーを舐めたらしい。オエーッ。あの歯の跡もクラッシャー。オエーッ。僕はいったん後ろに下がってから助走をつけてクラッシャーのランドセルにドロップキックを喰らわせた。


 あとで知ったのだけどリコーダーの一番上のパーツの裏の部分には名前を書いたシールを貼れるようになっていて、ミズホちゃんの名前があるべきところにはクラッシャーの名前が解読不能な字体で堂々と鎮座していたらしい。クラッシャーバカ過ぎ。ウンコバカ。バカバカバカ。バカバカバカバカ。僕が嘘や偽装を憎むようになったのはこのことがきっかけだ。もし。そんな仮定は意味がないし僕に都合のいい産物にすぎないのだけど、もし、あの笛がミズホちゃんのものだったら臆病者の僕は勇気を得てミズホちゃんに想いを告げ、今頃は裸にエプロンで朝ごはんをつくってもらえる関係になっていたかもしれない。何年か経って高校生になったミズホちゃんが知らない男と手を繋いで歩いているのを見付けた。僕は自転車で男の影を轢いて走り去り、今、日曜の朝ひとりきり、エプロン姿で緑のたぬきを食べている。僕のプリティなクライム?時効だし未遂だろ?オッケーイ!