Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

Cafe de リア・ディゾン


 何年か前、京急川崎駅からJR川崎駅へ終電を目指して早足で歩いているときに世界的女優ペネロペ・クルスからナンパされた経験がある僕はたかだかリア・ディゾンが結婚・妊娠したというニュースを目にしたところで一ミリも心を動かされはしない。リア・ディゾンが僕の知らない男と性感非行レロッ!をしていたところでグラビア・アイドルとしてはすでに終わった存在であるし、「ペネロペ・クルスにナンパされた男」がいちいち関心を寄せるほどのものとは思えなかったからだ。「黒船」として日本グラビア界に殴りこみをかけてきたリアは、歌手活動を主にしたときに死んだ。確かに「黒船」は歌手として超銀河歌姫セクシセニョリータ谷村奈南には一歩譲るけれど宇多田ヒカル椎名林檎と肩を並べるほどの十分な名声と成功を獲得した。その影でグラビアアイドルとしての「黒船」は光届かぬ海溝に沈んでいった。沈んだ船の多くを人は忘れる。太平洋の海底で横たわっているキールの正確な数を知っている人間などいないだろう。黒船も然り。グッバイ・グラビア・リア。


 僕の記憶にエラーがなければ少年漫画雑誌の巻頭グラビアに水着が掲載されるようになったのはここ15年くらいの出来事だ。僕が高校生のとき、水着を見るチャンスといったら決死の覚悟で体育の授業を抜け出して、屋上からプールで平泳ぎをする胸に黒油性ペンでクラスと名前が書かれた四角い布を貼り付けられたスクール水着を覗くか、「テレビブロス」や「ファミ通」を盾にして買う「投稿写真」「BOMB!」「デラべっぴん」しかなかった。オッサンくさい「アサヒ芸能」や「夕刊フジ」を手に取るのは高校生の自尊心が許さなかったし、アイドルの写真集はあったけれど表面積の少ない水着を着用するものはあまりなかった。


 僕は水着グラビアを愛しすぎるあまり動画とヌードを憎んだ。アイドルたちのイメージビデオ。インタビューシーンでの馬鹿ぶりの露呈。波が打ち寄せる白い砂浜。滲む南国の水平線に沈んむ夕日。ホテルのバーでインチキくさいバーテンがカクテルをつくる様子。スタッフと談笑する笑顔。すべてが想像の障害としか思えなかった。動きは水着から神聖を略奪した。水着から世界を広げてみると宮沢りえの「サンタフェ」は高校生には値段が高すぎたし、樋口可南子は高校生には年齢が高すぎた。当時の僕は陰毛にはまるで興味が持てなくて、毎晩「11PM」を眺めながらただ水着を、ただ喪われた夏を、到来しなかった夏を取り戻すシミュレーションの実行に夢中だった。ダバダバダバダダーダバダバダダーダバ♪「こんな水着の女の子と市民プールに行ったら」「Tバックがズレちゃったら教えてあげるのが男の仕事なのかな?」…ダッバー♪。月に一度の「コンプティーク」袋とじ破き、「BOMB!」年間定期購読という身を粉にしての無差別エロが現在の水着グラビア全盛の礎になったのだと僕は信じている。水着グラビアは神聖と高貴が水着という結晶となって素肌を飾る芸術だ。多くの犠牲を払った礎のうえに立つ砂の城だ。保持する努力を怠れば風に流されて消えてしまう。


 そんな僕が「黒船」として輸入され期待されたほどの露出もなく生温いグラビアでお茶を濁し、テレビ番組で僕よりも下手な日本語を披露した挙句に活動のメインを歌に移したリア・ディゾンを認めたり許せたり出来るはずもない。グラビアなめてもらってはこまる。ほしのあきの爪の垢とヘソのゴマを煎じて飲んでほしーの。僕はアイドルたちの交際報道が流れるたびに自棄酒を飲んでいるのだけれどリア・ディゾンを肴にすることはなかった。たぶんそれはリア・ディゾンの乳首画像をインターネットで拝見させてもらったからだ。一度、何千、何万という民衆の目に晒されたオッパイというのは特別ななにかが乳頭からするっと抜けていってしまう。僕はすでにリア・ディゾンのオッパイを占領している。いちどモノにしたオッパイを振り返るほど僕は暇ではないし日々現れる新しいオッパイを、未来を追うほうがずっと重要だ。


 朝陽が街路樹やビルの隙間を自在に避けて縫っていく。色たちの降臨。色たちの蘇生。夜の街を覆っていた影は地へと沈み太陽の退場を待つ。柔らかな陽射しは間接的に僕の座るカウンター席を照らす。ドトールコーヒー。二階。眼下に走る駅前通りに人影は疎ら。iPodはハネムーンとバート・バカラックのリプレイ。磯山さやかが水着で微笑んでいるノートPCを前にして午前8時半の僕はまだ目覚めない。背後にいる異国人の女たちの大声がヘッドフォンを貫いてくる。振り返る。ガタッと椅子が大きな音を立てる。鎮まり返り僕のほうを向いた異国人のグループは全員、リア・ディゾンの顔をしていた。それからリア・ディゾンたちは僕にとくに興味を持つこともなくまた騒ぎ始めた。リア・ディゾンで埋まる縦長の店内を見渡してみたけれどあの川崎にいたペネロペ・クルスはいなかった。ただの一人として。