Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

サーフ ブンガク カマクラ/ B-Sides


 鎌倉生まれの僕がASIAN KUNG-FU GENERATIONのアルバム『サーフブンガクカマクラ』に捨てられてしまった愛すべき江ノ電の駅たち、石上駅、柳小路駅、湘南海岸公園駅、鎌倉高校前駅和田塚駅について江ノ電通勤の時間を利用して語ろう。



1.石上ブートレグ


 「娘が今度の春に中学生になるんだ」ファンキーな友人からアジアン・カンフー・ジェネレーションが江ノ電沿線をフューチャーしたコンセプトアルバムを出すと教えられた夜、鎌倉の安居酒屋で中学のときのクラスメイトが小鉢を箸の先で突きながら僕にそう言った。冷え切って、白く曇った中ジョッキが二つ並んだテーブルの向こう側で娘の話をするクラスメイトと僕は、プリンスのブートレグを買い求めてに渋谷や御茶ノ水、憧れの町TOKIOへと遠征した仲だ。たった20年前の出来事。たった。「藤沢駅南口徒歩圏内にはラブホテルが一つしかない。藤沢駅だと人目に付くから石上駅で待ち合わせしてからいくといいんだぜ」そんなバカ知識を披露していた奴が中学生になる娘の親になるなんて。僕にはなんだか別の世界の話のようだった。過去と現在を結び付けたかった、現実との接地点を取り戻したかった僕は「最近またプリンスを聴いているんだ。新譜いいよ」と言った。彼は「プリンスなんてずっと聴いてない。1年以上CDも買ってない。子供と遊んでいるほうが楽しいよ」と笑い、右手でジョッキを持ち上げ、乾杯をするような仕草をしてからそれを口に軽く当てた。ビールを飲んでいる喉がごろごろと動き、口元からは微笑みが漏れていた。僕には笑うしかカードが残されていなかった。「そうだよな。いつまでもプリンス、聴いてられないよな」僕はたいして美味しくもない生春巻きをブートレグを買いにいった思い出と一緒にビールでどこかに流し込んだ。


2.柳小路ストライキ


 柳小路駅で降りたことはないけれど、その界隈が日本有数の住宅街だと僕は知っている。ハイソでセレブで品位サイコー。湘南の世田谷。あるいは神奈川の白金。行き交う男女は紳士、淑女。真昼間は清潔、真夜中は純潔。子供らのシャツには襟がついていて、長ズボンはタック入り。僕が柳小路駅を持ち上がるのは社長が駅の傍に住んでいるから。ナイス柳小路。給料上げろ。ボーナスもっと出せ。ヘイ!夏に背中のばっくり開いたワンピースを着たギャルと腕を組んで歩いているのを僕は知っているんだ。知っているんだぜ。ヘイ!ギブミーマネー!


3.湘南海岸公園ロマンス


 湘南海岸公園駅から5秒にある踏み切りに繋がる路地は狭く、乗用車がすれ違うのがやっと。高校生のとき、初めて付き合った女の子と別れたのはこの駅のプラットフォーム。木枯らしのなかで「キミがなにを考えているかわからない」江ノ電から降りる間際に彼女ガール1号は僕にそう言った。彼女は僕を名前でもニックネームでもなく、「キミ」と呼んだ。彼女の言葉はグサリと僕の心に突き刺さり、海の町で育まれるはずだった愛の欠片は72時間であっさり終わる。カンカンカン。踏み切りの警報音をバックに、江ノ電のドアで隔絶された彼女の歩く姿を、まるでキスでもするように顔を窓ガラスに近づけて眺める僕を乗せた江ノ電は追い越していった。うつむき歩く彼女は小さくなっていきやがて消えた。今朝もあの日と変わらない踏み切りの音がした。カンカンカン。すれ違いの駅。湘南海岸公園。また冬がやってくる。


4.鎌倉高校前ミニスカート


 鎌倉高校前駅。その名のとおりに駅のそばには神奈川県立鎌倉高校がある。夕暮れに染まる下校時間。駅には高校生が溢れる。同じ制服。ベージュ色のセーター。マフラー。たすき掛けにしたアウトドアプロダクツのダッフルバッグの色合いがわずかな個性。アイデンティティの主張。わたしのは色が皆と違うの!冷たくなった浜風に赤く染まるミニスカートから大地へ伸びる太ももの隊列。肌色アステロイドベルト。海に面した鎌倉高校前駅を走る国道134号線を駆け抜ける車に法定速度をオーバーするものはない。どれだけ道が空いていても。ただの一台として。


5.和田塚バースデイ


 僕はここで産まれた。和田塚駅から由比ガ浜海岸へと伸びる細い路地の途中にある和田一族の墓の脇にある産婦人科。35年前の冬の日。僕は産まれた。アジカンが黙殺しようが関係ない。和田塚が、和田塚こそが僕のはじまりの場所だ。観光名所になっているお寺や大仏は別にして、テレビやラジオで鎌倉の町並みや流行の店が紹介されると違和感を感じる。そのほとんどが鎌倉駅の東口、小町通りに集中しているからだ。鎌倉駅西口は路線バスも乗り入れない静かな、小さな街だ。西口の先にある和田塚駅周辺は静かというよりは閑散という言葉が似合う。昼間でもシャッターの降ろしている店が目立つ。玩具屋「からこや」。和菓子「風月堂」。僕が子供のころに在った人たちはシャッターの彼方へ行ってしまった。僕は少し寂しくなる。活気があるのは欠かさず御供え物のある六地蔵と、世界格闘研究所「ブルー3」へとわけのわからない華麗なる転身を果たした骨董品屋。賑わいは、人波は、鎌倉駅の向こう側、東口。僕の住む町を行き交う人影は、少ない。鎌倉を語る音楽やドラマや映画は、鎌倉の陽の当る場所を照らすだけだ。狭い夜道のしんしんとした静けさ、晩秋の北風が町を囲む山を吹き抜ける薄気味の悪い音、夏の海岸の賑わいと冬の海岸の侘しさを誰も語ろうとしない。そして僕はアジカンがどんなサウンドなのかほとんど知らない。


(追記:江ノ電305と極楽寺駅写真/2007年9月)