Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

部長の すごい 企画


 「お前ら少し頭を使えぉぇぇぇぉぇ!」


 会議室で部長のテンションだけが上昇していた。部長の頭はバーコード。頭髪と頭髪の隙間で、フケが脂でてかって白く光っている。叫ぶな。光り輝くな。漂う空気は白けながらも重苦しさでいまにも分解しそうだった。今年最後の月次定例営業会議だ。月次ときいて僕は笑いそうになってしまう。部長の気分で三回開かれる月もあれば、部長の遅刻で突然中止になる月もあったからだ。


 議題は新規事業展開。前回の会議の終わりに部長は「次の会議までに他のどこもやってない事業を考えろ。既存の事業を生かしたうえで人手もコストもかけず、リスクも負わない、安全で、楽で、確実に儲かる仕事を考えてこい」とハッパをかけた。虚ろな目で。


 そんなうまい話があるはずない、そう誰かが言ったが、部長の意識はすでに別の場所に移動していた。部長は鼻唄まじりに何かを弄っていた。部長の手元にはゴルフコースのパンフ。鼻唄は銀座の恋の物語。トーキョでひーとつー、ギーンザーでひーとつー。音程のないメロディーはブルドーザーが攪拌するときに出す、ぅうおぉーんって音に似ていた。


 部長は会議室に揃ったメンバーが考えてきた企画を容赦なく切り捨てていった。「新しくない」「もう少し頭を使え。使っているだと?一ヶ月も時間を与えたのにこのザマかー」「仕方のないやつらだー」いちいち語尾を伸ばすときは部長の好調のサイン。「本来なら全員解雇と言いたいところだが今回は俺のアイデアでお前らを救ってやるー。俺は仏だー。見ろー。これが俺の企画だー」


 部長はガターンと派手な音をたててパイプ椅子から飛び上がり、空中でくるりと回転した。それから勢いよく背後にあったホワイトボードに水性マジックを走らせた。カシャーン。んん。なにかが割れたぞ。大丈夫か。部長は書き終えると華麗に回転、ロン・ド・ジャンプ・ア・テール。それから両手でぱしんと机を叩いて絶叫した。


「これが本物の企画だーー!!」動揺が水紋のように会議室の隅々へ拡がっていく。


 無理だ。何を考えているんだ。とうとう…。所有権を放棄されたうめき声が沸いた。部長から一番離れた隅の席にいた僕には部長のカラダで死角になってホワイトボードの文字が見えなかった。部長はホワイトボードの前で喪服のような黒いスーツに包まれた両手を左右に広げ、どぉぅだ、みぃいたか、などと唸り声をあげながら周囲を威圧していた。駅前のカラスみたいに。カエーケエー。僕は体をスイングさせ、踊る部長をかわしてホワイトボードをみた僕は、天を仰いだ。そこにはこう書かれていた。


「フィリピン国内にフィリピンパブ出店。第一号店は首都シンガポール。第二号店はインドネシア」


 会議室の動揺は鎮まらなかった。フィリピンパブ?首都?シンガポールだって?部長とうとう…。騒ぎ始めた周囲をよそに部長の独演会は静かに続いていた。「斬新だ…ニーズにも合っている。こんな企画、お釈迦様でも思い付かない…俺は釈迦をこえた」部長はひとりでほくそえんでいた。おいおい。「活気が戻ったようだな…俺は出島凄い。俺は出島アイデアマンだ」部長の疾走は止まることを知らなかった。


 「出島…」「出島…」と部長は頷いていた。僕は我慢出来なくなり「『出島』ってどういう意味ですか?」と部長に尋ねた。「お前はこんなことも知らないのか。『出島』は『マジで』という意味の流行語だ…」と部長は御答えになられた。僕は、返す言葉で「どこで流行っているのですか?」などとどうでもいいことを訊いて、次の瞬間には後悔してしまう。部長曰く、近所のスナック、と。そうですか。カシャーン。さっきの音がふたたび鳴った。それは部長の何かがオシャカになる瞬間の音だと確信した。そして僕は、部長がフィリピンパブを世界のどこに出店させたいのかさっぱりわからないし、わかろうとも思わない。