Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

びゅーてぃふる塊魂


 仕事納めの朝、総務のマヤちゃんが銀色の脚立を肩に担いで僕のところに現れた。目を合わせると顎で行く方向を示し、歩いていく。言葉もなしに。自尊心だけは人並み以上に高い僕は「Aカップ風情が、何を偉そうに」とデスクにあるローションティシューを一枚、乱暴に引き抜き、そのプルーンエキス配合の保湿成分に唾をペッと吐き棄てた。それからティシューを掃除のオバサンが嫌な思いをしないよう丁寧に丸いボール状にしてゴミ箱に捨て、子犬の愛らしい小走りでマヤちゃんを追った。


 「今から神棚のお水、お酒、お札、縄を交換しようと思います」と脚立を担いだままマヤちゃんは言った。天井より少し低いところ、ミニバスケットのゴールくらいの高さの壁に神棚はあった。「しょうがないなあ」と言ってクールに肩車をしようとしゃがみこんだ僕をマヤちゃんは完全に無視して、脚立を乱暴にガチャンと置き脚を開いてセットすると、お酒を持って一段二段と登り、「はやく!脚立を支える!」、僕を呼んだ。僕はウンチングスタイルからワンワンスタイルへ、滑らかな変形を披露してマヤちゃんの足元にすがり、脚立を支えた。


 僕の顔の10センチ前方で、赤いチェック柄スカートに包まれたマヤちゃんのお尻が揺れていた。パンティーをイメージする。バックプリントのパンダは伸びてしまって「たれぱんだ」に変身している。哀れパンダ。せめて名前だけは聞いておこう。ホワッツユアネーム?マイネームイズ「チンチン」。


 事故を装えば顔を埋めるのは容易かったが僕はしない。お尻が揺れた。もしかしてこの小娘、誘っているのか?百戦連敗のこの僕を?笑わせるな。僕は誘惑には乗らない。それから悲しくなる。目の前でお尻を振れば落ちるような安い男だと思われていたのかと。僕の頭はオッパイでいっぱいだというのに。僕の頭<<頭髪・フケ・脂・頭皮・頭蓋骨・オッパイオッパイオッパイオッパイオッパイオッパイオッパイオッパイオッパイオッパイオッパイオッパイ・頭蓋骨・頭皮・脂・フケ・頭髪>>。僕の目の前で、脚立が繰り出す変拍子に乗って総務ガールのお尻が揺れていた。そして僕は、マヤちゃんから漂うコンビニ化粧品の甘い香りのなかで、あの日のことを思い出してしまう。マヤちゃんが怒鳴る。「しっかり支えて!」。脚立が鳴る。ギムギムギム。


 二十年近く昔、初夏。「わたしたち、まだ、そんな時期じゃないのよ」と言って、頑なに二人乗りを許してくれなかったガールフレンドの自転車を、走って追いかけて僕は海にやってきた。彼女の自転車はミヤタ製五段変速ギア付、通称「黒トンボ」。僕のT-シャツは汗で重たくなっていた。胸のSweet Child O' Mineのロゴは汗で真っ黒になり情けない表情をみせていた。


 僕らは海岸からすこし上がったところにある丘に腰を掛け、海を眺めた。砂の山。名前のわからない青い花がちらほらと顔を出していた。僕が何か気の利いたことを言おうとすると、すべてを見透かした海からの風が、体育座りをして並ぶ僕らの間を吹き抜けていった。彼女の少し丈の短いTシャツの裾がパタパタと白く風に舞い、白に肌色が混じるたびに僕は右手で砂を強く握った。すぐ左にいる彼女に気づかれないように力強く。


 日の暮れた後の海は蒼く、暗かった。揺れる灯台の明かりを僕はじっと眺めていた。「学校どう?」沈黙を嫌って僕は言った。「普通ね」とジグソーパズルの最後のピースをはめるときのようにあっさりと彼女は言った。一息置くと彼女は「たいしたことないわ。キミは?」と僕に訊いた。いままでに僕のことを「キミ」と呼んだのは彼女だけだ。「僕は毎日ハンドルとサスペンションの壊れたジープに乗っているみたいさ。君みたいな余裕は僕にはないな」そう応えた僕の砂の上の掌を彼女の掌が覆っていた。彼女の手は白かった。そしてなにより、彼女は冷たかった。


 服を脱いで裸になった僕と彼女は、近くにあった三角形のテトラポッドの空洞に入った。二人の身体が入るくらいの空間しかなかった。僕は彼女の中に入り腰を動かした。激しく動かした。僕の腰のグラインド&ピストンによって、ギムギムとコンクリートが音を立てた。僕らが身体を動かすと、フナムシがワサワサーと縦横無尽に走りまわった。そのうち僕らを乗せたテトラポッドが動き始めた。僕のピストンによってガコンガコンとひっくり返り、そのたびに激しい音がして周りにあるものを潰していった。手始めに茂みに潜んでいたアベックをミンチにした。次に国道を暴れる暴走族とヤンキーの頭蓋骨を粉砕した。


 性獣になった僕らを止められるものはなかった。回転するたびに彼女は「しっかり支えて!アクメー!エクスタシー!」と叫んで僕を締め付けた。僕らの塊は周囲を押しつぶし、巻き込み、巨大化していった。ビルを。車を。信号を。標識を。人間を。ひとつにして。僕は、僕らは世界の中心だった。ナナーナナナナナーナーナーナ僕らのシンフォニーナナーナナナナナーナーナーナはじけるファンタジーいま始まるよ君と僕の未体験アドベンチャー ナイト!照らしてよ星空は僕らのブラックライトさ タキシードお洒落して踊ろう僕らのリズムで流行りのステップステップステップ!


 破壊的な激しい交わりにも終わりはやってくる。彼女は白目を剥いて失神していた。彼女の腿の間からはパープルヘイズが出ていた。僕は這い出して外を見た。塊は百メートル大のゴツゴツした球形になり、国道134号線の真ん中でぺしゃんこに押し潰された車の群れを従えるようにして止まっていた。周辺の街は潰されていて、煙があがり、生肉の焼ける鼻にツンとする臭いがした。停電したストリートを爆炎が照らしていた。パトカー、救急車、消防のサイレンが近づいてきた。服は塊に吸収されていたので、僕は彼女の右足首にひっかかっていた黒いパンティーを拝借して帰路についた。彼女とはそれきりだ。


 ギムギムギム。脚立が鳴っていた。マヤちゃんの尻は揺れていた。「ぼーっとしない!もっとしっかり支えてよ!」彼女が上から怒鳴った。睨んだ。下にいる僕を睨んだせいでマヤちゃんのバランスが崩れた。僕の顔面に彼女がすこし触れた。柔らかかった。そしてなにより、彼女は暖かかった。僕は暖かみのなかに僕らが一つの塊になれる可能性をみた。


 マヤちゃんだけじゃない。世界中の誰とだってステップを踏める可能性はある。ゼロじゃない。コンマ1くらいはあるはずだ。たとえば今、僕のカップにコーヒーを注ぎに来たファミレスの凶悪オッパイ店員さんとだって塊になれる。愛と意思があればナナーナナナナナーナーナーナ。