朝、飲みたくなったときは牛丼屋でちょっぴりビール、昼、飲みたくなったときはファミレスでジョッキにビール、夜、飲みたくなったときはSMクラブで黄金水にヒール、というのが最近の僕ルール。今日は午後一時に飲みたい衝動を抑えきれなくなったので、うつむきながら、打ち合わせ行ってくると朴訥な感じで言って、早々に失礼させていただきファミレスへ。
茶髪の生意気そうなアルバイト娘。彼女には赤い蓮のタトゥーがあって、それがどんな意味を持つのか、その時は当然分かるはずなどありませんでした。特段興味もありませんでした。そんな彼女に、こちらの席で如何か、と案内された窓際の席。窓ガラスの向こうには雪がぶつぶつ零れ落ちてきそうな杏仁豆腐色の雲。見ているだけで寒そうだ。悲しげだ。
店の中央部に設置されたテーブルを所望。だが、え〜窓際〜、なんてゴネたりしたら、アルバイト娘は僕を店の中央部の暖気が直撃する劣悪なテーブルに誘導してから厨房に戻り、「あの死んだ目をしたサラリーマン。こんな時間にやってくるなんて窓際だね。窓際だから、窓際の席に敏感に反応しちゃってさーマジうざいんだけどー」、メンソール煙草を吸い吸い、同僚や上司に吹聴して回るにちがいなく、それはそれで悔しいので、しぶしぶ僕窓際族。
とりあえず生ビール、言おう、言っちゃうよって干上がった唇が裂けてしまわないよう舌で舐めまわしていると、アルバイト娘によって機先を制された。「ご注文がお決まりのころに伺いまーす」出たよ。いつもの不思議。じゃあ君は僕が注文を決める時機がわかるのかね、と言いたくなる。謎だ。君はエスパーか、ストーカーか。僕の何がわかるというのか。現に僕チンはビール。注文するものが決まっているのに、なにが、ご注文がお決まりのころに伺います、だ。茶髪が。
入店したときだっておかしい。どうみても僕は一人だというのに、おひとり様ですかー。背後霊か他人が後ろにいるのか、振り返ってみても誰もいない。様つけなくてもいいのだよ水くさいな。って大人らしい余裕を見せ、わざわざ人差し指を一本立てて、一人であるとやんわり主張して差し上げますと、またしても、おひとり様ですかー。面倒くさくなって僕は「おひとり様です…」といった。自分に様つけちゃってさ。
で僕は考えた。「ご注文がお決まりのころ」問題について考えた。あのアルバイト娘がもっている端末機器が怪しい。あの端末に客のパーソナルデータを入れると本部のスーパーコンピュータにデータが転送処理されて、ご注文がお決まりのころ、が弾きだされるのではなかろうか。最近の外食業界はハイテクだからな。なんだかやたらとあの端末をポチポチやっているし。でもでも残念でしたー。僕はそこらへんで加齢臭っぽい平均的36歳男子じゃないからコンピューターでは分析不可能なのだ。平均的36歳男子らしく、歯磨きのときにオエエエってなるけどね(はーと)。
よし問題解決気分爽快さてビールを頼もうとアルバイト娘に声をかけた瞬間に、隣のテーブルにいたオバちゃん四人組が突如ぎょはははははと絶叫して僕の声を掻き消した。ここはわたしが。いえいえわたしが。あららあらわたしが。払う払わないの大合唱。すみません〜。僕の声はあまりにもか弱くて。結果、アルバイト娘は僕の声に気付かずレジに向かい、レジの前ではオバちゃんが、ここは、わたしが、わたしが、だめ、だめだったら、ここは、困るからっと騒々しい。
騒乱をみているうちにお腹が減ってきて、メニューをペラペラとめくり、カツ丼にしよか、ドリアにしよか、ビールにコーヒー飲み放題はやりすぎかね、あれこれ悩んでいるとアルバイト娘がやってきて、お決まりですか?といった。ノンと僕が答えると、料理ひとつ決められないなんて不出来なんだ優柔不断なんだと瞳だけで嘲笑い、去っていった。きゃっつめオレは客だぞ客、相当に憤ったが、彼女のオッパイがいい感じに大きかったのでオッケー。僕はおばちゃんたちが一人一台の軽自動車に乗って危なっかしいタイミングで国道へ飛び出していく惨状を気分よく眺め、それからまた《お決まりのころ》がやってくるのを静かに待った。