Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

あたしブスの気持ちわかんない。


 四月十五日午後三時都内某所、ふきすさぶ風がまったく似合わない私はカフェに避難していた。そこで。


 「私、自分でいうのもなんだけど美人だと思うー」「ふーん」


 そんなやりとりから、隣にいた二人組の会話が気になりはじめた。アイスコーヒーのストローをくわえながら、目を合わさぬよう様子をうかがうと高校の制服が向かい合って座っていた。足下に高校のロゴがプリントされたバッグ。足の付け根まで見えそうなミニスカート。


 その、足を広げたる角度、べらべらよくしゃべる方は八十五度、もう一方の寡黙な方も八十四度くらい、たいていのミニスカ女性のそれはほとんど鋭角であることを鑑みれば、大変に下品。デンジャラスな匂い。大言を吐く根拠たる顔面は気になるが、やめ。やめ。こういう女子高生からはよくわからない仕打ちをされるもんよ。


「私さー美人はベストセラーで、ブスはロングセラーだと思うー」「へー。賞味期限短いんだね」「そーなの!」


 猛烈に顔面が見たくなる。ついでに親の顔もみたい。しかし冤罪は恐ろしい。私はよく、目があった女子高生から取引を持ちかけられる。それも一度ではなく二十度、三十度。しかも使用済みリップクリームや、三日間履いた下着上下セット特別にウンスジつきを紙幣と交換しないかという理不尽な取引。紙幣と交換で足を舐めてみないかと持ちかけてきた猛者もいた。


 わぁ、ちょーどパンツ切らして難儀してたところなんだよねー、って阿呆か、こちとら産廃業者じゃないつーの、そんなもので金を稼ごうとはふざけていやがる、血と汗と涙の紙幣を渡したくない、無論、すべて断った。女性向けパンティーは私のマグナムを格納するには少々小さすぎるし、ウンスジがあるゆえ目出し帽の代用には使えないし、109前の往来で女子高生の足を舐めあげる精神力は持ち合わせていないから。なにより、性犯罪者の疑いをかけられるのが恐ろしかったからだ。


 暇人のイマジン。法廷で証言台に立つ被告人の私。発言はすべて記録される。国選弁護人は叫ぶ。このように被告は重度のインポテンツであり渋谷区某所で猥褻な行為におよぶことは…云々。検察官は反論する。長年のインポテンツによる欲求不満が被告の…云々。


 かくして有罪であれ無罪であれ私のプライベートは性癖からインポテンツ、尻穴を疾走する皺数まで衆目にさらされるのである。インポテンツはお天道様のもとにさらされ干物になりはてるのである。それはいやだ!絶対にいやだ!ですから私は危険な橋は避け、石橋を叩いてわたる。キース・ムーンのドラムのように、激しく、叩く。


 隣の会話はつづいた。
「マジでさー。私、顔は超いいと思うんだー。だから若いうちにーこれをマックスいかさないと損だよねー」「ふーん」「こういうこと言うとブスにウザがられるけど、ブスのー気持ちなんてわかんないしー」


 笑止。いったいどんな顔をしていやがるんだ?見たい。真っ正面から見たい。こういう輩にかぎって醜い顔してるってもんよ。見たいが性犯罪冤罪は恐ろしい。「それでもボクはやってない」的な状況で「それでもボクはたってない」的状態を立証されたくない。日干しになったインポが私の脳裏をかすめた。危ない橋は避けなければ。たとえ、対岸にバン16のシトラスな香りを放つ、甘い果実が乱熟していたとしても。


 やはり私のこの顔がよろしくないのだろう。異性の性的興奮を増幅させてしまうのだろう。よく、私の顔面は芸術作品にたとえられる。もっとも似ていると指摘されるのはミケランジェロのワンダフルなダビデ像。うん、そ、あの有名なダビデ像。マジでだぞ。一般的な女性は私ダビデに気がつくと、やはり、その、あの、さ、先っちょはホーホケキョーなんですかと頬を染めるが、オーケイ、ホーホケキョーか否かは、ミケランジェロやピカソを鑑賞し、イベリコ豚を食し、日々の喧騒を遠ざけてから、落ち着いた心を回復してから、実際に見て判断していただきたいと私は常々思う。見てないじゃろ、実際、その目で、麻酔手術によって生まれかわったこの姿を。私は忘れない。白い手術室の窓から黄金色のホーホケキョーが飛び立っていった、あの美しい光景を。


 お隣の会話は続いていた。


「ホントわたし彼氏切らしたことないしー」「ねえ、ちょっと」寡黙なほうが制した。「どーしたの」。 寡黙ちゃんは声を潜め「となりのおっさんがこっち、ずっと、見てる…」「えっ、マジ…」


 四つの目線を感じた。わ、私に構わないでくれ。絡まないでくれ。叩きすぎた石橋はひびわれ危ない橋へと変わった。法廷と干物インポのうえをホーホケキョーが舞った。くそう。こんなところで性犯罪の冤罪で捕まるのか。


 「ねーおっさん」 

 私に声をかけるな。

 「ねーおっさん、こっち見てたでしょー」

 私に触れないでくれ。

 「ねーおっさんきいてんの?…ん?」

 畜生。いままでひた隠してきた手術歴も公になるのか…。三十六年の人生、あっけなかったな。


 「おじさん、おじさん」


 おっさん→おじさん。呼称が変わった。これが観察対象からブルセラ顧客になる瞬間か。こんなやつらに紙幣はわたしたくないなあ。女子高生の手が私の肩にふれた。ミントの香りがした。うつむいていた私はすぐとなりに彼女が立っていることに気が付かなかった。くそう。精神的に腐った小娘め。こうなったらその顔を凝視してやる。そして私は笑ってやるのだ。その顔で美人を自称するとは笑止千万、精神が腐敗しておるね、親の顔がみたいものだ、はっはっは、と。


 「おじさん」


 私は顔をあげた。笑おうとした口から空気が漏れるように、「あっ」。


 「ねーどうしたの?」様子を見守っていた寡黙な方が言った。


 べらべらよくしゃべる方が答えた。


 「これ、わたしのおじさん」。


 彼女は私のいとこ。歳が離れているので私はおじさんと呼ばれている。数年ぶりのその顔は、若いころの私によく似ていた。私は紙幣をわたした。