かねがね金がねえ。というのも蒸し暑い日本の夏に備えて敷いたスノコのせいで、経済的に追い詰められているからだ。連休前、僕はスノコの上で仰向けになりセカチューを読んでいた。3ページで寝た。朝、目が覚めると割れていた。臀部のポケットにいれていた各種カードが無惨に割れていた。銀行通帳の遭難に気がついたのは、セキュリティーを考慮し、カードをシュレッダーで裁断したあとであった。
各種カードが復活するまで財布に残された現金と各種ポイントでやり繰りしよう、なあに銀行通帳が見つかるまでの辛抱だ、なんて気楽に考えていたのだが、新聞・ダスキン・牛乳・NHKの集金人が連続して襲ってきたり、やんごとなき理由で知らない人の愛人つまり他人に焼肉をご馳走するハメになったりして、あっという間に金は底をついた。通帳はまだみつかっていない。今日のお昼は松屋の牛丼(小)。アイムハングリー。
自尊心が邪魔をして経済的援助を要請できない。対外的には、経済力のある男だと思われていたいのだ。くそう。どうすれば。って部屋の隅で体育座りをしているとエレキギターが目に入った。スノコのせいでいつもより狭く感じられる部屋で、正確にコードを押さえないと不協和音を発するという致命的欠陥をもつエレキギターの存在感が大きくなっていた。竹中直人のように、脇役であるはずのエレキギターが、部屋の主役である布団、惣流・アスカ・ラングレー、1/144ユニコーンガンダムを喰いはじめていた。大変に邪魔である。持ち主に返そう。これもスノコの縁だ。ついでに金を借りよう。
で、持ち主のシノさんに電話。シノさんは昨年僕とお見合いをした26歳のコスプレイヤーのお嬢さんで(レイヤー活動時はノッピー☆)、趣味はドールと戦国時代好き西軍派。「もしもし」「ギター弾けるようになりましたかあ?」
「一心不乱に練習したんですが、実はジムショノホーシンでボーカルに専念することになってさー」「ボーカル!」「ジムショノホーシンだから仕方ないよね…。あとシノさんに大事な話があるんだ…詳しいことはいえないけど、あ、お財布は忘れないでね」。人間追い詰められるとなんだって出来る。借金くらい造作もないこと。今、僕は困窮しているんだ。今、僕は窮鼠なんだ。
待ち合わせの居酒屋で生ビールを飲んでいるとシノさんがやってきた。ああ、と呟き、さも面白くない雰囲気を醸し出すよう、目線を上げず、俯いて、向かいに座った黒ニーソと黒スカートの間に伸びる二本の肌色を眺めていた。顔を上げると金髪おかっぱになったシノさんがいた。「うわーっその頭どうしたの?」「興味ありますか?」。シノさんが胸を張ると推定Eカップが翼のように広がった。中ジョッキ追加。
いかんいかん。相手のペースに巻き込まれないように自分のフィールドにひきいれる。あくまで下品に。ひたすら助平に。「興味ないといったらウソになりますねー。自然界って色のバランスとか調和とかあるじゃないすか」「その心は」「アンダーヘアーも金なの?マッキンキンなの?」「もちろんですうー」中ジョッキ追加。
「えー!!セイラさんみたい」「ほえほえ?」コムスメめ。コムサイも大活躍するファーストガンダムも知らぬのか。「小説版ガンダムでセイラさんの陰毛をアムロがもらうシーンがあるんですよ。ああ、僕も金髪陰毛があればなあ…ガンダムになれるんだけどなあ。ねえ、ちょっと一本でいいから…」「冗談ですよ〜大きな声を出さないでくださ〜い」陰毛の代わりに中ジョッキプリーズ。
「下は元々ほとんど生えてないんですう」「えー!」。つぎの刹那、僕の頭のなかに現れた薬師丸ひろ子がマシンガンを乱射して、「パ・イ・パ・ン…」と言った。中ジョッキ追加。
欠陥エレキギターと頼まれていた北斗の拳のコミックス(後半)をシノさんに渡した。シノさんはプレステ3の「北斗無双」を始めたそうだ。「原作もアニメも詳しくないのにどうして北斗無双はじめたの?」「面白そうだったからですうー」「ああ…意外と普通な意見ですね」ミーハーな話はつまらん。中ジョッキ追加。「普通ですうー。屈強な戦士たちが突き合う物語にはいつでもメロメロですうー」 突き合う…。
「つ、つまりそれは」「無論ホモですうー!」シノさんの握った手から、かつて枝豆であったスライム状の物体が落ちた。「食べ物は大事に!」「レイがセメでケンがウケですね」「ラ、ラオウは」「ガチホモです。ケンとの間を邪魔する奴は指先ひとつでボカーン」助けて。女を戦場に連れて行ってはダメな理由がわかった。残酷だからだ。中ジョッキ追加。
僕が本来の『北斗の拳』を教えてあげてもシノさんは聞く耳をもたなかった。「ケンが『痛たたたたたー』って悦びの声をあげるんですうー」「『お前の拳くらいじゃ…』ってシンが強がるんですよ!」「サウザーは死んだふりをしてピラミッドのなかで師匠のミイラと…」。誰か、僕の北斗をまもって。中ジョッキ追加。
「ところで大事な話とはなんですかあ?」。ここで金の無心をしなければ。だが、しかし、ちっぽけな自尊心が。しょぼい体面が。邪魔をする。ごめんなさい。こんなときどんな顔すればいいかわからないの。素直に金を貸してと言えず、「あれえ〜オカシイなあ。財布が空っぽだなあ」「あれえ〜オカシイなあ。財布の中にカードが一枚もないなあ」、あれえ〜あれえ〜の猿芝居をやっていると、シノさん、イライラしたらしく、「コナン君の物真似ばかりしてみっともないですうー」と言ってくれたので「すみません金貸してください」と借金を申し入れた。
「いくら、ですう?」「貸していただけるなら出来るだけ多く貸してもらっていいすか?金の切れ目が縁の切れ目というじゃないですか」「こないだICレコーダーを貸しました…」シノさんが言った。僕は自分のイビキを録音しようとしてレコーダーを借りていた。謝るしかなかった。「すみません」「今日はお金…」「すみません」「ICレコーダーにお金…正直に教えてください。君はいったい何を始めるつもりなの?」。考えるんだ。「君はいったい何を始めるの?」考えるんだ−万事がうまくおさまる言葉をみつけるんだ。「いったい何をしでかすのですか?」。
「合戦だよ」僕は言った。
「合戦。キャー!オヤカタサマー!」。窮鼠の僕は、悪い上司からパワハラをうけていること、身の安全をはからねばならないこと、会社からの給金が絶たれても生活できる資金が必要なこと、などなど適当なことを言ったんでチュウ。「つまり権力を盾に不正を働く悪者を討つのですね?」「ま、そんなところかな…」中ジョッキ追加。
「凄い」「え、なにが」「西軍みたい。打倒イエヤス。さすがオヤカタサマー!」「え〜と西軍だと負けるよね」「カッセンジャー!」「あの〜シノさん?」「カッセンジャー!」「あの〜ノッピー☆?」「カッセンジャー!」「あのあの」「オヤカタサマー!負けて打ち首になっても民衆は偉業を忘れません〜ヨヨヨ〜」クビ!縁起悪っ!オヤカタサマー!カッセンジャー!ウチクビジャー!サラシクビジャー!イエヤスウツベシ!カッセンジャー!オヤカタサマー!…。こうなってしまうとシノさんは手がつけられない。中ジョッキ追加。
「あんたシノちゃんから借金したんだって?結婚前に?」
今、僕は母親からのメール攻撃を無視して銀行通帳を必死に捜している。金の切れ目が縁の切れ目…金の切れ目が縁の切れ目…。念仏のように、パイパンを頭から振り払うようにつぶやきながら。
◆おしらせ
5月23日大田区産業プラザPiOにて開催される文学フリマに「UMA-SHIKA」(id:uma_shika)、「筑波大学アマチュア無線部仮設文ガク部」(id:pig-novel)ふたつの同人に短篇を寄稿しています。ここでの文章とはひとあじ違う僕の文章が読めるので興味のある人は是非。
しかも、今回の「UMA-SHIKA」はなんと500円。まだ主宰のid:Geiheimagentの小説しか読んでないけれど素晴らしかった。それだけでも買う価値ありですよ。ではでは。