Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

愛のキチガイに生まれたわけじゃない。

 生来薄情家の僕が家族とか愛とかをほとんどキチガイのように謳うようになったきっかけは道徳の教科書でも新興宗教でもなく肉親の自殺だ。20年前オヤジが自殺したとき僕はまだ十代の子供で、もちろん悲しかったけれど、むしろ、心配して駆けつけてくれた人たちから「オヤジさんの分も生きろ、頑張れ」と言われて「オヤジの分ってなんだよ」とムカついたりしていた。ムカつきは僕自身へのものだった。「こうすれば救えたんじゃないか」そんな仮定を立てたあとには後悔だけが残った。そんな後悔が、人々が優しさから言ってくれる「オヤジさんの分も」と一緒くたになって重荷になりムカつきになっていた。年齢を重ねるにつれ、オヤジが感じていた重圧をモザイク越しのようにぼんやりと想像できるようになった。同時に責任や重圧とともに増していく充実感や楽しみをどうして命と一緒に捨てられたのかはわからないままだ。そういう理解と不理解が肘を張り合って僕のなかで生き続けている。むき出しの肘と肘は火花を散らす。

 オヤジは遺書を残さなかった。当初は理由がわからず僕ら家族はそれぞれに苦しんだが、今は、感謝している。もし、そこに家族へのメッセージがあったら僕はオヤジの人生の物語の続きを必死になって、「オヤジなら」「オヤジだったら」と仮定をたてながら綴っていたかもしれない。そんな人生はごめんだ。オヤジが亡くなる前、僕はほとんど口をきかなかった。オヤジはいつでも強く、正しかった。当時の尖っていた僕にはオヤジの言葉ひとつひとつが鬱陶しかった。正しく、的を得ていたことが尚更、オヤジとの距離を僕に置かせた。あの日の前夜。オヤジと僕は茶の間でテレビを見ていた。テレビ番組の<せんだみつお>は真っ白な手帳を見せて予定がないことをナハナハ自虐していた。僕はナハナハ言うせんだみつおを<負け犬><自業自得>と切り捨てた。正しく強いオヤジも同じように切り捨てると信じて。予想は外れた。オヤジは「人にはそれぞれ事情があるだろ」とだけ言った。それが最期だった。


 鍵が見つかった。鍵は、妻の引っ越し騒ぎのなかで見つかった。鍵がオヤジの机のものだとわかるのにさほど時間はかからなかった。もし遺書や日記が見つかったら。長年の疑問は消えるかもしれない。だがそれに何の意味があるだろう?20年。ひとことで済ますには長い年月をかけて僕ら家族はオヤジの死を笑って受け止められるようになった。目隠しして何を食べているかわからないまま胃に入れるように。わからないものは、消化できずに体内に重く残ってしまうけれども。僕は恐れていた。もし、万が一、あの前夜のやり取りがオヤジの背中を押したのだとしたら…。薄情な僕はオヤジが自ら死を選んだことについては諦めている。僕は、オヤジがあの正しさと強さをもって自ら死を選んだ理由や経緯を言葉で残していることを恐れたのだ。言葉は神だ。ましてや死者の言葉は修正も出来ず解釈を質すこともかなわない絶対の存在。僕は、オヤジの遺したもので生前に詰めることの出来なかったオヤジとの距離が更に拡がってしまうことを恐れた。


 「馬鹿だねえ。ホント馬鹿だねえ」 オヤジが見つかったときと同じ言葉をオフクロは繰り返した。オヤジの机からはエロ雑誌。「外人」「ボンテージ」「ハーレーダビッドソン」「温泉」「吊り橋」。父上…マニアだったのか…。抜けねえ…。僕とはエロの嗜好が若干違う…って感心しながら、オフクロが言うように<馬鹿>みたいだがエロ本を介して、ワリと真面目にオヤジを近くに感じた。これからも、年老いた夫婦をみるときオヤジとオフクロの姿を重ね怒りとやりきれなさを覚えるだろうし、オヤジへの理解と不理解は僕の中で葛藤し続けるだろう。でも僕にはわかった。オヤジの死はどうにもならないことだったのだ。強く、正しくあり続けたオヤジがエロ本を処分せずに逝ってしまうくらい、どうにもならないものだったのだ。家族にとって。そしてオヤジにとっても。僕はオヤジの死をピュアに悲しむべきだったのだ。悲しみという痛みを怒りやムカつきや物語性で薄めるべきではなかったのだ。物語を紡ぐ行為は生きている人間のものだ。僕は、強くも正しくもないけど僕なりの方法でオヤジが残してくれた家族を大切にしていこうと思う。あのころのオヤジよりウザく家族とか周りの人間を愛してやる愛してやる愛してやる…って愛のキチガイか僕は。ま、オヤジのエロ本と僕のエロ本が違うように、人にはそれぞれひとつの物語が与えられている。僕は自分だけの物語を、オヤジが羨むような物語を、綴っていきたい。「あの夜、本当はオヤジとの距離を詰めたかったんだ。ごめん」行き先を喪った言葉を胸に抱えて、僕は僕を生きる。


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