Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

僕と妻の結論


母との同居に疲れ、実家に帰っていた妻が1週間ぶりに帰ってきた。その夜。
「息苦しさに耐えられないの」と妻は言う。このセリフを何度聞いただろう。「これというはっきりとした理由はないけれど」マグカップをテーブルに置いて一呼吸してから妻は付け加える。「理由がわからないのは悔しいですー」。


甘党の妻がブラックコーヒーを飲んでいる。妻と母。嫁と姑、同居。気の使い合いという戦争。言葉が続かない。重苦しい。僕は彼女のマグカップの内側に薄くついた黒いラインをあてもなく見ていた。どれだけ時間がながれただろう、結婚したときにニトリで買ったワードロープにぶら下がりながら妻は「やっぱり出ていくしかないよー」と言う。「僕も出る。二人で部屋を探そう」と言うと「ブーッ!君今大事なことを反射的に答えたでしょー、そういうの地味にキズつきますうー」と僕の言葉を遮った妻の手にはコスプレ用の槍が握られている。穂先が今にも僕の左胸を貫きそうだ


「それしか手はないでしょシノさんよ」「一時的な逃げにしかならないよー。それにお金がモッタイナイ」「逃げにはならないんじゃない?それにそうしたお金や時間は無駄とはいわないよ。そもそも僕も一緒なんだから…」「君が出られるわけないですう!!」。


 僕が家を出ることは、母を捨てることになってしまうのではないだろうか?僕にそんな意思はないと言っても、母がどう受け取るかが問題だ。それにオヤジは?


オヤジ。僕の父親は二十年前に他界した。自殺だった。理由はわからない。永久にわからないだろう。オヤジが自宅で死んだとき、僕は自室で、当時好きだったポリスかニューオーダーかわからないがロック音楽をきいていた。異変には気がつかなかった。以来、僕には母を未亡人にしたという自覚がある。あり続けている。


 僕は誓ったのだ。絶対に母が死ぬ瞬間には一人きりにさせない、と。誰から言われたわけでもなく、誓いはごく自然に僕のなかで血のように生まれて、僕のなかのあるべきところに収まっていった。母のためでもあり、父のためでもあり、なにより僕自身のために。だから僕は家を出られない。出たくない。妻はそんな僕の全部をお見通しなのかもしれない。


 妻は言う。「君がお義母様を大事にするのはよくわかります。でも私達の親はお義母さまだけではないのよ」「はい?」「ウチの両親のこと忘れていませんか?ウチ、自営業で年金も超少ないから、もし、何かあったらキミが頼りの綱なんだって二人でよく言ってるよ」「二人って?」「私の両親」大変だ。会社乗っ取るくらいの勢いで働かないとダメじゃん。「お二人にお貯金は?」「ナッシング!」オーマイガッ!


 僕と妻は夜遅くまでこれからの話をした。そして僕らは僕らの結論を出す。


 妻は家を出ることになった。それがベストだろう。現時点での。僕は妻を苦しめたものを知らなきゃならない。オヤジの理由は灰となり永久に手の触れられないものになってしまったけれど、僕らは生きている。僕は妻を苦しめたものと対峙しなければならない。大変だったね、苦労かけます、といっても結局それは口先だけだ。妻を苦しめたものと対峙してはじめて僕の妻への慰め労いの言葉は言葉となるのだ。


僕も家を出る。そして彼女の家に彼女の両親と同居してみる。そして対峙してみる。気づかいという戦争に身を投じてみる。バカだな、不器用だよな、キモいよな、ダッセーよな、と自分でも思うけどやってみるさ。「キッツイよー」とどこか嬉しそうな妻の言葉もまだ僕にはリアルには響かない。「オヤカタサマー、毘沙門天サマも嫌になったときは家出をしたのですから…」と妻はフォローになってないフォローをする。家出じゃないっつーの。


 家族を維持するには、維持しようという意思と弛まぬ努力、それとちょっとだけの幸運や奇跡が必要だと僕は思う。意思はある。僕の出奔は努力だ。幸運と奇跡が僕と妻にちょっとでも舞い降りてきてくれるのを僕は祈る。しかしあの母が「新婚気分を味わうのもいいんじゃない?」とあっさり理解を示してくれて拍子抜けではある。僕の独り相撲だったのか?まあいい。まずは妻のことを考えてみる。それからだ。というわけで、週末から我が家から2キロも離れた妻の実家で僕は生活することになりました。


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