Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

参加した事業説明会の人間力がヤバすぎた。

 

 とある事業説明会に参加した。開始十分前の会場は三代目Jソウルブラザーズのような若者たちと年金生活をしているような老人たち約二十名に占められ、アマちゃんのテーマ音楽がかけられていた。そんな客層と、安直な音楽セレクトが醸し出すインスタントな感じが僕の不安を増幅させた。今考えるとこのとき帰るべきであった。

 

 配られた資料に目を落とすと太文字でこうあった。「私たちは新たな価値を想像します」。表紙で誤字とかふざけてるのか。想像はジョンレノンだけにしてくれ。帰ろう。僕が椅子から立ち上がった瞬間、闇。アマちゃん完全に沈黙。いつの間にか正面のスポットライトのなかにはおばはんが登壇していた。こうして悪魔の事業説明会ははじまったのである。 

 

 「…一応仕事ですけど、家族のように頑張ります」おばはんの挨拶は不明瞭なまま終わった。詳細は省くが、おばはんは挨拶の締めで滝川クリステルのアレを二度、繰り返した。アレは美女がやるから効果があるわけで、おばはんがやったところで殺意しか沸かない。やはり帰るべきであった。

 

 「弊社チーフファイナンシャルオフィサー兼チーフインフォメーションオフィサーに続きまして」司会は続ける「弊社チーフオペレーティングオフィサー兼エグゼクティブディレクターオブオペレーションよりコンシューマーヒューマンリソース事業の現状と展開についてご説明させていただきます」

 

 プレゼン映像が流れはじめた。チーフ何たらの自己紹介らしい。「若者たちが各種ボランティアに従じる様子」「若者たちが一つのノートパソコンの画面を覗きこんでフェイスブックに興じるありえない様子」にいちいち「いいね!」の文字が被さる狂気の映像が流された。ナレーションも狂っていた。ただの飲み会の画像に「汗をかいて人間力を高めた後はワタミで乾杯!」とナレーションが付けられ、若さあふれる男女混声の「いいね!」。サーフィンに興じる様子に「遊びと仕事の境界を越えたい」とナレがついて男女混声「いいね!」。その後は自己防衛のために耳を塞いでいたので覚えていない。眩いばかりに薄っぺらい悪夢だった。

 

 続いて経歴やツイッターのフォロワー数などのパーソナルデータが映し出され本人の声が続いた。「○×大学国際コミュニケーション学科在学中」。隣席の爺さんが「そんな大学聞いたことがないぞ」と呟いた。視野が滲んだ。知名度低め大学の意識高め学生は続けた。「長所。築き上げた人脈と感動を共有して号泣できること。短所。熱くなりすぎてたまに政治的発言」。セージテキハツゲーン。当該音声を文字で再現するとそんな感じであった。そこには、不安、しかなかった。 

 

 彼の口からコンシューマーヒューマンリソース事業の現状について説明がなされた。「積極的にグローバル化をはかっており、日本国内5に対して現在現時点で海外8となっております。この数字の単位は人数です」。おぉ…と会場から声が漏れたのが意味不明すぎた。「売上についてですが、この二本の棒グラフをご覧ください」棒グラフは一本だけであった。「Aが今年10月の売上指数300で、それに対してBが来年3月の予想売上指数300000。1000パーセントを想定しております。急伸のあまりAのグラフはただの線になり肉眼で見ることが出来ないかもしれません」。会場から感嘆の声があがった。悲しいかな、単位は円であった。10月の売上は三千円ポッキリ。

 

 

 彼は私には自信があるからと言わんばかりに語気を強めた。「私たちは新しい価値を想像します」再び「想像」の文字が壁に浮かび上がった。「私たちは仕事と遊びの境界を破壊します」。映し出された「仕事」と「遊び」の文字。「仕事」だけが爆発した。「本社は学生ボランティアで運営しコストを大幅に削減いたします。私たちは彼らに働くことの楽しさを提供し、ボランティアは実戦的なビジネススキルが身につけられます。スタッフを紹介しましょう。A君は大学を休学して世界一周を通じて人間力を高めています。B君はフェイスブックで知り合ったビジネスパーソンとオンラインで名刺を交換しています」「何を言ってるのかさっぱりわかんないぞ!」誰かが叫んだ。皆の声を代弁していた。

 

  「私たちは皆様に改めて働くことの楽しさを知ってもらいたい。働くことを通じて人間力を高めていただきたい。共に食料自給率を高めていただきたい。そこで私たちはドリームファーム計画を提唱いたします」ドリームファームの概要が映し出された。「ドリームファームの規模は東京ドームの約百…」そのときの会場のうねりのようなどよめきは、続く「百分の一です」の言葉により秒速で消えてしまいました。

 

 「今、この瞬間から皆さんにはキャストになっていただきます。ドリームキャストになってドリームファームで農作物を作っていただきます。湘南の、湘南による、湘南のための野菜を」僕は虚空を見つめながら時が過ぎるのを待った。つまりドリームファームとは会社が用意した土地(事業主の庭)で出資者が育てた農作物を出資者自ら販売し、その売上の九割を上納するという、いわば、ネオ小作人制度であった。何よりドリームキャストという名称が暗い未来を暗示していた。

 

 「アップルがiPhoneの売上の一割を販売員に還元しますか?これはチャンスです」「TPPにはDIYで対抗しましょう」彼の妄言は虚しく響いた。冷めきった僕とは逆に会場のボルテージは上がっていった。勝手にすればいい。擁護すべき点があるとすれば確かに創造ではなく想像であったことのみである。

 

 「フミコさん!」説明会のあと声をかけられた。「酷い内容だったね」「ありがとうございます」「会社売ったんだ」「ちがいますよ。彼は私の右腕です。私は表舞台ではなく、一歩引いた責任のない裏側から若いスタッフやお客様の人間力やセルフプランニング力を高めるお手伝いをしています」「よくないね」「やはり私が表舞台に立つべきですかね」「ちがうよ。全面的にダメだと言っているんだよ」「私が叩かれて伸びるタイプなのをよくご存知ですね」知らねーよ「だいいち、会社の強みが何だかわからないよ」「いやだなぁ」なんだ?「貴代美ですよ。ウチの母は。総務と人事をやらせてます」冒頭のおばはんらしい。もういいや。関わりたくない。

 

 そう。彼はかつて私の下で働き、自らを必要悪と呼んだ男の現在形である。彼が生み出した集金システム「ダチ=プログラム」は「ドリームファーム」という魔物を湘南の片隅に生み出した。人間力という曖昧なものを基準として語る人物は、その曖昧さを煙幕にして、己の能力資質の無さをぼかしているだけだ。「そろそろ貸した金返してよ」僕は本題を切り出した。「こういう言い方は失礼かもしれませんが」彼は怒りにみちた顔をぐっと僕の顔に近づけ「倍返しだ!」と叫んだ。

 

 こうして今日も僕は三万円を返してもらえなかった。まあ六万円になるらしいのでよしとする。 

 

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