Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「カードファイト!! ヴァンガード」を営業に活かしてみた

 4月からやってきた新人君が入社早々の朝礼で「趣味はヴァンガードです!」と自己紹介した直後に訪れた沈黙を僕は忘れない。実のところ僕もその沈黙のうちの1人でヴァンガードがトレーディングカードゲームであることをうっすら知っていただけだったりする。まあ彼経理部だからハハハン他人事、新卒新人トラウマだしね、と思っていたら数日後。ヴァンガード君が研修の一環で三日間、僕の営業2課で働くことになった。

 引っ込み思案の彼が直属の上司である常務兼経理部長とうまくいっていないという話を噂に聞いていた。実際落ち込んでいて覇気もハキハキしたフレッシュさも喪われていた。何かあった?と聞いてもモゴモゴとはっきりしないので「ゲーム好きなんだろ。俺もなんだ」と声をかけると「課長もゲーム好きなんですか…ゲーム機は何を?」と打ち解けた様子で返してきて一安心したが僕の「Xbox」という返答に心底悲しそうな目をして「聞いてしまってすみません」と言うのは納得いかなかった。


 「俺といる時はゲームの話とか交えてもいいよ。話しやすいだろ」と言ってやるとまあ少しずつ話す話す。まとめると社会人になり右も左もわからずテンパり気味なのに常務に毎晩飲み屋に拉致されて「銀河人が」「ミロクの世が」「二ビルが」などと次元すらわからない話をされて疲れてしまったのだそうだ。宗教こわい。


 「吐き出しちゃえよ」と促すとヴァンガード君「常務は『冗談は存在だけにしろ』ですよ!」。「何それ」「レイジです」「レイジの歌詞にあったね。そんな感じの。レイジアゲンストマシーンは好きだったよ。ロックしてた」「なんすかそのカード。アゲンストマシーン…そんなカードあるんですか」「…」微妙に噛み合っていないがそれでよし、とした。世の中には追及しないほうがうまくいくこともあるのだ。配偶者の過去の異性関係のように。


 客先に訪問するのでついてきてもらうことにした。営業の空気を知ってもらうためだ。……一時間後。一社目が終わったあとランチのファミレスで僕は注意した。名刺交換と挨拶はハキハキしたほうが…先方が話を振ってきたら目を逸らすな…相手も新人に期待してなんかいないからさー云々。ヴァンガード君は小さくなる一方だったので途中でやめておいた。ヴァンガード君はマジメすぎるのだ。多少ちゃらんぽらんな遊びがあったほうがうまくいく。初期あぶさんは酒飲んで鬼代打だったように。


 僕は閃いた。「ヴァンガードだよワトソン君」「ワトソンて誰ですか?」「だからヴァンガードだよ。仕事もヴァンガードだと思えばいいじゃん」ヴァンガード知らんけど。「どういうことです?」「名刺もカードだろ?ヴァンガードと一緒じゃん。気楽にいこうぜ」「ヴァンガードは真剣勝負ですが…なんとなく課長が仰りたいことはわかりました。しかし凄いですね」「何が?」「課長、グレートパラディンかシュテルンブラウクリューガーみたいです」褒められているのかバカにされているのかわからない。調べるのも悔しい。


 二社目。絶対にしくじってはいけない顧客だが担当は気さくな方で僕とツーカー。って正門前で簡単に説明してやると「メインフェイズ…ですね」と引き締まった様子のヴァンガード君のスーツ姿の痩身は僕にうる星やつらの友引高校校長を想わせた。「さあ行くぞ」、声をかけるとなぜかついて来ないので振り返ると名刺入れを弄りながら「デッキが…ちょっと…シャッフルも…」とかやっていて調子狂うぜヴァンガード。ヴァンガード世界ではカード入れをデッキと呼ぶらしい。受付を済ませてエレベーターで三階。エレベーターから出るときに右斜め後方から「ファイトスタンドアップ」という嫌な囁きが聞こえた。


 「いやーようやく春らしくなってきましたね。どうです景気は?」「ぼちぼちですよ。すみません紹介が遅れまして新人の…」つー実に定型的リーマン的なスムースな流れからヴァンガード君を紹介して名刺交換の運び。…運び。…運び。ヴァンガード君から名刺が出てこない。商談中の十秒は長い。担当者は既に名刺を出して構えている「早く!何してる」イラつく僕の耳にヴァンガード君の「手札が…」という囁き。どうも人事から経理部名刺と営業部名刺の二種持たされていたらしくどちらにするか悩んでいたらしい。どちらでもいいっ、早くっ。と耳打ちして客先フォロー。ここまで十五秒。焦りか苛立ちからかわからんが思わず飛び出るヴァンガード。「すみません。デッキが若干悪いみたいみたいで…」「まだ入ってきたばかりの新人に出来が悪いとは厳しいですねー」刹那。すっ、と差し出されたヴァンガード君の名刺。僕は間違いなく聞いた。名刺を出した瞬間、彼が「ライド…超俺様ライド…」と囁くのを。疲れる。


 商談は無事に進み雑談フェイズに移行。パワー2000プラス。ダメージ3。ダメージが6になると負けらしい。よくわからんがヴァンガードだとそんな感じらしい。「ご趣味は?」話を振られたヴァンガード君、胸を張って「ゲーム全般ですが強いてあげればヴァンガードです」と言った。ダメージ4。気さく担当は気をつかってくれたのであろう、ヴァンガードがトレーディングカードゲームだと知るや、それとはちょっと違うけれどと前置きしてから「ウチの子供も以前遊戯王にはまっていてね、一緒に買いにいったよ」と仰ってくれたところに被せてヴァンガード君が遊戯王に対するヴァンガードの優位点及び有意性について語りはじめたので僕は話を遮って失礼つかまつった。つーか雄弁に話せるようになっていてヴァンガードすげーと思った。ダメージ5。


 「インターセプトしたまではよかったのですが」と公園でうなだれるヴァンガード君。名刺交換という意味だろうか。「全然だよー」とダメの意味で僕が言うと「課長にそういっていただけることだけが救いです」とプラスの意味で取るヴァンガード。「課長。本当にありがとうございます。なんかやっていく自信が少しだけつきました」僕はそんな出来た人間じゃないし、途中からは正直悪ふざけしていた。なんだかムズムズした。それはかつて代打屋だったあぶさんがシーズンフル出場してタイトルを獲得し球界全体から「さすがあぶさん…」と神の如く賛美されているのを見たときのムズムズによく似ていた。だがこれでリアルカードゲームは終わりだ。


 ホッとする僕の携帯が鳴る。退職した元上司のありえないミスが発覚して解約が免れられそうにないという内容の本社からの電話だった。ベンチに座ったまま頭を抱えている僕。ヴァンガード君は言った。「ドラゴニックオーバーロードジエンド!」言葉の意味はよくわからないがジエンドはわかる。ダメージ6。ゲームオーバー。行かなくては。謝りに。気が重い。「よし、行こうか」自分に喝を入れて立ち上がる。すると「ヴァンガりましょう!」。ヴァンガード君が拳をつくって立っていた。「課長。ヴァンガりましょう!付き合いますよ」「ヴァンガりましょう」「ヴァンガりましょう」ヴァンガード君は繰り返し続けた。「ヴァンガりましょう」《僕が》「ヴァンガりましょう」《こう》「ヴァンガりましょう」《言うまで》→「ヴァンガろうぜ!」


 その後、急行で謝罪に向かった。ヴァンガード君は連れていかなかった。緊迫したなかでスタンダップヴァンガードされたらたまらないからね。僕は信じている。楽観的に。ヴァンガード君が僕の目が届かないところで真面目さを武器にうまくやっていくことを。ヴァンガろうぜ!


 名刺交換すら出来なかった弊社新人の社会人第一歩を後押ししてくれたヴァンガード。素直にすごいと思った。


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電子書籍も書いてたりするよ!

恥のススメ ?「社会の窓」を広げよう? (impress QuickBooks)