Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

セブンティーン

祈るような気持ちで記憶から呼び起こす夏がある。僕は17才で、県立高校に通う三年生で、夏休み明けの体育祭に向けて毎日パーティーのように盛り上がる周囲に自分をうまく溶け込ませられないでいた。


わけのわからない熱狂に身を投じるのはどうしてもイヤだったし、正直言って、僕にとっては体育祭の仮装大会よりも公開間近のターミネーター2のほうがずっと大事件だった。当然のサボタージュは、クラスメイトからは「皆でやってるのだから」と呆れられた。そこが居心地のいいことはわかっていた。同時に自分の居場所ではないことも。僕は吸い込まれるようにゲームセンターに足を運び、コインを投げ入れ、クラスメイトが聴かないような外国のロックンロールを聴いた。


17才の僕には薄々わかりはじめていたのだ。自分がスペシャルではないことが。薄々、だが確実に。そこから孵化する焦りや絶望は、僕の首のあたりを掴み、ぐらぐらと揺さぶって離そうとしなかった。窒息しそうだった。全部吐き出してしまいたかった。同じ年齢のクラスメイトが同じようなものを胸に抱えながら踊っていることが理解出来なかった。恐ろしかった。化け物に思えた。


八月の夜。視聴覚室に忘れたアダルトビデオ(確か「あいだもも」主演作だ)を取るために学校へ忍び込んだ。午後九時。渡り廊下のコンクリートはまだまだよく晴れた昼間の熱気を孕んでいたけれど空気からは秋の匂いがした。時々、昼間と勘違いした蝉の飛ぶ羽音がした。


目的のビデオを取り返した僕は夏虫のコーラスの中に波音を聞いた。波音は25mプールから。少し欠けた月に照らされた薄暗いプール。照明は灯されていない。蒼く浮かぶような水の中に競泳水着を着た女の子がいた。プールの水が蒼く輝いていたせいで彼女の顔は見えなかった。競泳ガールは1人でクロールの練習をしていた。まるで競争者がいるように。全力で。何往復も。


もし彼女のクロールが競技会で見るような選手のようなクロールであったならテレビドラマか映画のワンシーンに見えたかもしれない。けれどお世辞にも彼女のクロールはうまいと言えるものではなかった。どこかぎこちなく、余計な力が入っているよう素人目にも見えた。腕の回転と進む速度のギャップは小さい頃に見たコント番組のようだった。


彼女も僕と同じだった。スペシャルではなかった。彼女の手足が水面を叩くたびにそこに浮かぶ月影がちらちらと散っていった。それはどんなカメラにもとらえられない光だった。小さいながらも僕と彼女のいる不確実な世界を照らす強い光。飛び込み台の下で泳ぎを止めた競泳ガールから「まだまだ…」という声がした。声は小さかったけれど、まるで大袈裟な吹き替え映画の台詞のようにはっきりと聞こえた。25mプールは誰もいない、たった一人の宇宙だった。彼女の、何人も必要としない凛とした強さは、何もないはずの僕の心の奥に眠っていたものを蘇生させた。スペシャルではない僕らの中に眠っているスペシャルなもの。金網のフェンスで隔てられた場所で僕は息を吐き出した。深くゆっくりと。吐き出した息の熱さを今でもはっきり覚えている。


僕は時々この不確実な世界で、あの夜のプールと競泳ガールを思い出す。散っていった水面の月影とぎこちないクロールを思い出す。失ってしまった純粋さやひたむき、そして熱さを取り戻すために。1991年、夏。僕は17才だった。


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