Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

天狗パワーで男を取り戻せ。

 デング熱ならぬテング熱で体が焼けてしまいそうだ。それほど僕の天狗熱は熱い。もう天狗しかないのだ。カウンセリングによる改善は見られず、薬の効果は田中マー君のスプリットよろしく落ちまくり。そう。天狗の力は男性機能復活のサヨナラホームラン、最後の希望なのだ。
 
 天狗が僕の中で男性の象徴となったのは、日本各地に伝わる伝承や奇祭などで見聞きしたからというアマチュアなものではなく実体験からだ。あれは小学生二年の夏。夏休みを利用して遠縁の親戚の家に泊まっていたときのこと。真夜中。トイレに行こうとした僕は、庭に面した薄暗い廊下で、一糸まとわぬ遠縁おじさんが天狗のお面だけを付け、くねくね歩いている姿を見てしまった。僕は見てはいけないものを見てしまった、罰を受けたような気がして、目をそらし、庭を見つめた。
 
 青白い肌。闇に浮かぶくすんだ赤いお面。おじさんの蛇のような動き。それらは昨日のことのように目に浮かぶ。池があった。蛙の鳴き声を伴奏に蛍が飛んでいる。蛍が宙に描く光の線の連なりは「SOS」に僕には見えた。その夏の夜以来、天狗の存在は僕の中で裸の叔父の姿と共に男の象徴としてあり続けてきた。それはあの夜の蛍火のように淡いものであったけれども。天狗のおじさんは僕が中学生にあがった頃に失踪した。
 
 先々週の金曜の夜「天狗の力を借りようと思う」と妻に言った。すると彼女は「遂に神頼みですか…」と大賛成し、「いつ、どこで、どうやって」と矢継ぎ早に実際的な質問してきた。「まー天狗がどこにいるからわからないからね」「まー観念的な問題だからさ」「まー今この瞬間からだね」などとまーまーまーつって具体的にプランを説明している僕を横目にパソコンを立ち上げて調べはじめる実に頼もしい妻なのであった。

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 翌朝5時。妻に叩き起こされ、僕は高尾山に向け車を走らせた。妻が調べたところ天狗の住まう高尾山には天狗パワーを得られる食べ物があるらしい。エクセレント。一時間半後。高尾山を登り始める。

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一目散に頂上に向かう。昨今の高尾山はちょっとしたブームでやたらに人が多い。これほど人が多いところ、俗な感じのところに僕に供される天狗パワーが残っているのか不安になる。ひたすら登り頂上へ。僕はルックス的にカメラが詳しい人に見えるらしく、二組のカップルから撮影を頼まれた。どうか、どうか、彼らが下山早々に別れますように。
 

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 頂上で妻から聞かされた情報によると、頂上から少し降りたところにある茶屋に目当ての天狗フードがあるらしい。それならば頂上まで登る必要なかったのでは?そもそもその店先を通過してきたのではないのか?頂上で無駄な時間を過ごしている一分一秒で海綿体が一ミリずつ壊死しているのかもしれないのに危機感なさすぎ!と不満たらたらで茶屋に向かった。
 
 

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あった。権現茶屋。やはり登る際に目の前を通った茶屋であった。店に入ると午前11時過ぎ開店直後だからだろう、客はまばらであった。妻の調査によるとこの店で提供される天狗ラーメンが天狗パワーを得られるフードらしい。男らしく天狗ラーメンを注文。妻曰わく、天狗の鼻をイメージした大きな棒状のものが入っているらしい。大きな棒状のもの、まさしく男。僕と君が望んでいた棒状。ごまをすりすりしているうちに天狗ラーメンが出てきた。
 

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もの凄い大きさの天狗棒が器からはみ出している。まろやかなゴマベースのスープ。梅。瓜。もやし。トマト。野菜が多いのも男回復に効きそうである。天狗棒は、雑穀と山芋で丁寧にこしらえてあり、見かけの豪快さとは裏腹、味は優しい混ぜご飯のよう。

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これをスープにひたひたにすると美味いんだよね。などと食レポのようなことを呟いていると、妻は、不憫に思ったのだろうね、「凄く大きい」「こんなのほうばれないよ」「黒いよー」「口の中で柔らかくなっちゃった」などとプリキュアの声優のようなボイスでエロチックなことを言い、僕の男性機能が回復するようサポートしてくれた。
 
 それは妻の願いであった。祈りであった。けれども僕らは知っている。人は祈る。その祈りのすべてが叶わないとわかっていても。それでも祈らずにいられないのが人間なのだ。僕は妻に妻の祈りに応えようと「僕の全力棒はもっと凄いぞー」と言った。返事はなかった。
 

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 僕ら夫婦の戦いは続く。「続くんだぞ」僕は登山下山中、終始先行する妻の背中に呟き続けた。おかげで写真は妻の後ろ姿ばかりである。妻の祈りは僕を突き抜けて奥の席にいた枯れた爺さんに達していたらしい。その爺さんは登山帽を膨れあがった股に当てながら天狗ラーメンをすすっていた。それが天狗パワーによるものなのかどうかはまだわからない。個人差あるしね。

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・「かみぷろ」さんでエッセイ連載中。「人間だもの。」 (http://kamipro.com/blog/?cat=98
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フミコフミオの夫婦前菜 ( http://r.gnavi.co.jp/g-interview/entry/1526