Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

一身上の都合により退職はなぜダメなのか。

  会社が、辞めていく人に退職の理由を求めることにどれだけ意味があるのか考えている。

  先月末、同僚が離婚をきっかけに寿退職した。金遣いの荒さが原因で奥様からダメだしされての離婚。「めんどくさいから会社辞めます」と同僚は僕にその理由を打ち明けたけれど、離婚がどう退職に繋がるのかは個人の思想と思考力の問題なのでわかりかねるし、理解したいとも思わなかった。「そっか、じゃ一身上の都合だな」と僕がいったそのままに翌日出された辞表には「一身上の都合」と書かれていた。

  同僚の退職後、人事部長に呼ばれて彼の離職の理由をきかれた。一身上の都合です、と答えたが、人事部長は本当のところどうなんだねと聞く耳を持たない。同僚は辞表を出したあと、全部長の揃った会議に召喚されて退職理由を問い詰められていた。「金なのか家庭なのかってしつこくきかれたので、面倒なのでモチベーションがあがらないって言っておきましたよ、課長。辞めていく人間にそういうレッテルを貼ってどうするんすかね?」そう言って寂しく笑う彼の顔を僕は忘れることが出来ないこともない。

  本音で「会社がクソすぎるからですよ」と言えるはずもないから建前で一身上都合なのだ。一身上の都合は会社への優しさなのだ。お察しくださいというやつなのだ。建前から真意を見出すのが社会人なのだ。確かに、辞めていく人間の理由を突き詰めていけば離職率は下がるかもしれない。それも、聞く耳を持てば、という前提があればのこと。もしかして…人事部長…この環境を改善しようとしているのかもしれない…そんな僕の淡い期待は間もなく木っ端微塵になるわけだが。

  人事部長は、同僚に向けた質問を僕にもう一度した。金銭問題か家庭問題か。そういう質問をする会社の体質がクソでイヤだから辞めていくということがわからないらしい。ダイレクトに「クソ!」と言えないどこまでもリーマン気質の僕が「会社がイヤだから。他にいいところが見つかったから。テンションが上がらない。それでいいじゃないですか」と答えると人事部長は「それじゃ、ウチがダメな会社みたいじゃないか」と返してきて僕の言わんとすることが伝わっていることに僕は驚く。

  そして、人事部長が「《会社がダメ》以外の理由を見つけて報告しなければ社長が納得しないだろう?」と続けるのでさらに驚く。社長が、納得する、社員の退職理由?クソすぎるわ。つって退席しようとする僕に「金か、家庭か」と強く迫ってくる真顔の人事部長。金といえば、同僚の過去の行動が精査され、ただでさえ少ない数万円の退職金が減額されてしまうかもしれない。それは不憫だ。家庭といえば、同僚の3人の子供の顔が浮かんできて彼らに責任の一端を負わせるようでそれも不憫だ。そもそも人事部長の挙げた金と家庭、二つの要因がどう退職に結びつくか見当がつかない。

  「女、ですかね」僕の適当な一言に人事部長は「女か。それでいこう。それならソフトランディング出来る」と喜んで無意味な会談は唐突に終わった。確認も何もなく拵えられたのは従業員のためではなく、トップのための退職理由。無意味どころか害でしかない。こんな退職理由が上申されるのなら一身上の都合の一点張りの黙秘権行使でいい。退職の理由なんていらない。

 僕は10年間ケンカし続けていた元上司(故人)が無性に懐かしくなっていた。元上司は部下が辞める理由が何であれ「俺の能力についてこられないのか…それはある意味、デキすぎる俺の責任…俺の背負うべき業…」とすべて己の有能さアピールに変換してトップに報告していた。それはそれでムカついたけれど、ある意味で僕ら部下は元部長に守られていたのだ。「バカとハサミは使いよう」と呟きながら僕はまだこの会社で生きている。生きていく。