Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

デキる部下がやってきた。

部下なし課長の自由を満喫していた僕のもとに、研修を終えた新人がやってきた。思わず、昔、上司に言われた言葉を思い出してしまう。「部下を持つことは、お前にとって間違いなく勉強になる」

 研修を終えた新人君に、とりあえず仕事を任せようと思い、契約書覚書の作成を頼んだ。テンプレがあるので、丁寧に取り組めば初めてでも出来る仕事。僕は、余裕を持って「2日でやってくれ」と言ったものの、待てども、待てども、課長終わりましたの報告がない。しびれを切らして進捗を確認すると「自分のキャリアにとってこの仕事がどういう意味を持つのか考えていました」とか言って結局何もやっていない。「もしかして忘れてた?期限2日って言わなかったっけ?」「起算の指定がなかったので」キサン?なにそれまさかおまえバカなと震えている僕に彼は「仕事を任せるときは締切と起算日を指定した上で目的と意義を伝えていただかないと困ります」と宇宙語を続けた。

「起算日は普通、頼んだ時だろ?」「課長にとっての普通が他の人にとっての普通とは限りませんよ?」ぐむー。「確かにそうかもな」僕はめんどくせえなぁと思いつつ、《部下を持つと勉強になる》という上司の言葉を思い出し、ここでキレちゃダメだ、キレちゃダメだ、キレちゃダメだ、こいつを戦力にするのが僕の仕事なのだと堪え、「今、この瞬間を起算に1日でやってくれ」と続けた。目的と意義については無視した。「課長の仰る、その《1日》というのは暦日ですか…それとも…」と彼が言おうとするのを「今から24時間だ」と遮った。ジャック・バウアーに25時間は、ない。

任せた仕事の出来。それは、それは酷いものだった。得意先の正式名称。自社名。契約日。価格。支払いサイト。覚書を構成する、ほぼ全ての要素に誤りがあったのも酷いが、何より酷かったのは、頼んだ袋綴じが3辺を糊付けしたホンモノの袋状になっていて、内容を確認するためにはわざわざ1辺をカットする必要があったことだ。たまたま僕が週刊誌の袋綴じに慣れていて、手刀で難なく鮮やかにカット出来たからよかったものの、もし、上層部にこれをあげたら試用期間で終了〜になっていただろう。

話は飛ぶが、僕の人生は袋綴じに呪われた人生といっていい。以前、僕が苦労して作った契約書が、袋綴じを頼んだ後輩によって2辺を糊付けした筒状にされたことがある。そして今回である。呪われているとしか思えない。僕は新人君をきつく叱ったあとで、《部下を持つことは勉強になる》という上司の言葉を思い出し、いかんいかん感情的になっては、彼には彼のペースがあるのだ、彼だってオケラやアメンボと同じレベルで生きているんだと自らを戒めたのである。

次の日、同様の仕事を新人君に任せようと声をかけた。名誉回復の機会だ。僕は、一度の失敗で部下を見捨てるようなダメ上司ではない。新人君は、僕の思いにこみ上げるものがあったのだろう、顔を歪め、「任せ…」と絞り出すように言い始めた。彼が「任せてください!」というのをあたたかい眼差しで見守っていると彼は「任せないでください!お断りします!無理っす」と言葉を繋げた。今、何と?

「いや、だから無理っす。自分のプラスにもならないですし」今、何と?名誉回復のチャンスを与えているのだよ?唖然とする僕に彼は畳み掛ける。僕は彼の強烈な言葉を忘れられそうにない。つーかトラウマだ。「課長は上司で管理職なんですよ。私が仕事が出来ないということは課長が部下の能力や適性を見誤っているということなんですよ。つまり仕事が出来ないのは課長なんですよ」「あのさ」「私、いや僕たちにはそれぞれ個性と適性があります。たまたま、私は書類の作成だけが苦手で、たとえば企画立案の仕事のように得意な仕事もあるのです」「あのさ」止まらない言葉の奔流。「私の個性、適性に合った仕事をやらせずに私に合わない仕事を任せるのは、課長の誤りなんですよ。私、いや俺の言っていることわかりますか?」わからねーよ。「じゃ、いいわ」僕は話を打ち切った。1回のミスで部下を見捨てるダメな上司でいい。話のわからない上司でいい。いいんだ。

これは今から4年前の春の出来事だ。当時、新人だった彼は、さしたる実績も残さぬまま、必要悪を自称し、既に退職している。今は怪しげな仕事をしている。部下を持つことは勉強になるといった上司は、引かぬ媚びぬ省みぬの生き様を貫き、今は都内の寺で無縁仏となっている。僕だけが変わらずに課長のままだ。

部下を持つのは勉強になるというのは、確かにある意味で真理で、実際、僕は彼によってダメな部下、厄介な若者というやつを身を持って学ぶことが出来た。来月、2月に、研修を終えた新人が僕のもとにやってくる。それがどんな人間であれ僕は準備が出来ている。超余裕。超余裕なんだよ。