「オナネタにされたら女子はわかります」
思春期にそのような誤った知恵を刷り込まれて以来、三十年ものあいだ、毎朝、ビクビクしながら往来を歩いている。まったくのデタラメというわけでもないからタチが悪い。昨夜、ネタにした女性が、翌朝、目の前に現れたら挙動がおかしくなるのは目に見えているからだ。
知人をネタにするとバレてしまう。新垣結衣様をはじめとする有名人はリアル感に欠ける。追い立てられるように、リアルと非リアルの狭間の存在を相手にするしかない。具体的にはコスプレイヤー様。インターネットにセクシーな画像をアップしていただいているコスプレイヤーの皆様にはこの場を借りてお礼を申し上げたい。ありがとう。皆様のおかげで僕は今日まで人生をサバイブしてこられた。本当にありがとう。
もっとも、中学生時代に誤った知識を僕に教授し、僕の人生のいくぶんかを味気ないものにした女性、後輩の矢鳴さんを僕は、今まで一度としてネタにしたことはない。特に親しい間柄でない彼女から、なぜ、あのようなことを言われたのか、今でもよくわからない。矢鳴さんは、大人の事情で具体的な名称を記載できないのがもどかしいところだが、僕のボンクラ仲間内で肛門を意味する横文字で呼ばれていた。自分の手を汚すのを極力避けるスネ夫的なポジションにいた僕は、直接、矢鳴さんのことを肛門を意味する横文字で呼んだことはない。その一方で、露骨に呼んでいる勇者も相当数いた。勇者たちは矢鳴さんの「だから何?」「バカみたい」というクールすぎる対応に討ち取られていった。
思い出すだけで恥ずかしいけれども、部活の後輩でもあった矢鳴さんと会話をするとき、僕の頭の真ん中には肛門がどーん!と鎮座し、それを振り払うように「肛門拷問水戸黄門」と意味不明の呪文を唱えたり、ぎこちない態度をとってしまっていた。あ~なるほど。あのぎこちない態度が、彼女をネタにしているという誤解を生んだのかもしれない。あ〜なるほど。生涯の謎が解けちゃいました。あ~なるほど。
あれから三十年近くの歳月が流れてしまった。クールな矢鳴さんは結婚して名前を変えてしまったのだろうか。夫婦別姓の話題で僕が先ず思い出したのは彼女のことだった…
昨夜、上記のような有意義な思考に没頭していたら妻がこのようなメモを残して実家に帰ってしまった。哲学者はつらいよ。きっつー。