「備えよ常に」これはボーイスカウトの創始者パウエル卿の言葉である。この言葉はボーイスカウトの下部組織であるところのカブスカウトを体験入隊3日目で逃げ出した僕の心にもしっかりと刻み込まれている。僕はその言葉の奴隷。さあ子供に備えよう。胎教するぞ胎教するぞ胎教するぞ胎教するぞ、つっても肝心要の胎児がいない。ならばって始めたのがまだ僕の中にいるオタマジャクシ以上子供未満の素敵な奴らに対する胎教である。
深夜。僕が大好きなメタリカやビル・エバンスやムソルグスキーをiPodに繋げたミニスピーカーで股関に聞かせてみた。効果を最大化するためにパンツははかない。ミニスピーカーの微かな振動が冬眠中の僕の男を刺激する。ボリュームを上げれば上げるだけ振動は大きくなり刺激は強くなった。ヘブンに近づいている気がした。しかし太陽に近づきすぎたイカロスが羽根を焼かれて墜落したようにあれがレスの僕もその堕落ぶりを妻に見つかってしまう。さよならヘブン。
音がうるさいというクレームであった。しかし胎教をやめるわけにはいかない。ここでやめたらただのバカだからだ。子供のためではなくエゴのため、何より気持ちエエことのために。深夜。家人が寝静まったあとに僕はすべてを脱ぎ捨て、これはサイズが小さい男性や敏感な男性にはなかなか想像しがたいと思うが、腰を振り振りして僕自身をすぱーんすぱーんと打ちつけた。全裸パーカッション。DIY胎教。ときおり「サンバ!」「アミーゴ!」「はっ!」「うっ!」と気合いの声を上げる。熱くなりすぎないよう時々ドアを開けた冷蔵庫の前ですぱーんすぱーんすぱーん!
この胎教がうまくいくのかどうか僕にはわからない。チャンスがあるのかどうかさえ。ひとつだけ言えるのはこれが原因で出血性膀胱炎になり血尿が出るようになってしまったことだ。胎児なき胎教。その荘厳な言葉の響きは、僕に国境なき医師団の気高さを思わせる。(所要時間12分)