おそらく日本で一番有名な戦場カメラマン、渡部陽一さんが仕事の進め方にスポットをあてて書いた本。エッセイとジャーナリストとの対談集の二部構成。すごく面白かった。僕はもともと開高健さんの一連の戦場ルポタージュの大ファンでその理由は本当に戦場にいるような気分にさせてくれたからなのだけどこの本も同じくらいに戦場を感じさせてくれた。
銃弾が飛び交うなかをカメラを持って走り回るような記述があるわけではない。「現場で前線に入れるとしても、環境が整っていなければ入らない。入るか入らないかという線引きに、意識を向けるようになってきましたね」(168頁)とあるように、現地や国内における人脈作りや営業の仕方、心構えの大切さについて多く割かれている。ひとことでいえば準備論。だが、それが読者を戦場に連れてくるかのような開高健さんのルポとはまったく異なるやり方で戦場の厳しさを際立てている。
また戦場カメラマンという職業にありながら普遍的な仕事のやり方について丁寧に述べられていて仕事術としても楽しい。「最初はまったく見てくれなくても、やはり人間、20回訪ねてきた者を玄関から蹴飛ばすということはなかなかできない。1回行ってダメなら2回、2回行ってダメなら3回(中略)コツコツコツコツ粘り強く張り付いていく。そうやって少しずつ関係をつくっていった感じですね。」(47頁)「名刺をいただくために、僕自身も独自の名刺をいろんな国でつくり、その中で一番反響がよかったものを続けて使うようにして、世界中で配っています。」(58頁) 「ドブ板営業で外国人集団に入っていくのは、すごく嫌悪感を持たれることもあるんですけど、それでも入り込んでいくと、情報を入手するうえですごく有利」( 99頁) 「家族とカメラマンという二つの生活の柱を同時に維持しながら、カメラマンを優先できる状況であれば、そちらを優先する。」(169頁)
笑ってしまうほど普通のサラリーマンのそれで身につまされる。まるで戦場カメラマンなんて一職業に過ぎない、人は皆それぞれの戦場にいるのだと言っているかのようでもある。そう。本書の凄いところは著者の資質によるのだろうが変わった職業についている人や芸能人の著作にありがちな意味不明の高揚感や「全然すごくないよー」といいながらアッピールする優越感、「戦場カメラマンすげーだろ」という意識がまったく感じられないところにある。その冷静沈着ぶりがかえって戦場の厳しさを感じさせてくれた。
余談だが僕は本を読むとき2ページを1分で読むようにしていてどんな本でも大方出来ているのだけれどこの本についてはそれがかなわなかった。ついつい著者の渡部氏の特徴的なあのゆっくりとした話し方で読んでしまったからだ。超面白いこの本を手に取るのに躊躇している方には著者のこの言葉を贈りたい。
「悩んだときにはゴー。」(21頁)
(所要時間約4時間20分)