Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

それでも家を貸しました。

かつてパーッ!と使ってしまった100万円が、今、財布に残っていたら。そんな後ろ向きな考えをするようになったのは僕の失業が7か月目に突入したからだ。後先考えずにあんな大金をつかってしまうなんて、狂っていたのかもしれない。夏になると庭いじりをする祖父の姿を思い出す。元旦に生まれた祖父は震災の約一週間前ヒナ祭りの日に百歳で死んだ。亡くなる前年の夏まで足腰はしっかりしており、ロッテ・オリオンズの野球帽をかぶってシャカシャカ街を歩き回る姿は、僕に、永遠に生き続ける鬼や、すでに死んでいるゾンビを連想させた。ゾンビマンは庭いじり中に大きな石を持ち上げようとして、バランスを崩し、倒れ、急速に衰えはじめる。あっという間に通院からの入院コンボを決めてしまう。衰えていく祖父は、死に直面して達観した人間のような静謐さとは正反対で、喧嘩別れした親戚や、金を貸したままになっている飲み友達をやり玉に挙げてボコボコ。やり玉に挙げられた人たちが全員天国組で刃傷沙汰になる心配がないのが不幸中の幸い。祖父が悪口で自身を奮い立たせているのがよくわかった。その無理矢理に元気な姿に、僕は祖父の最期がそう遠くないと感じたのをよく覚えている。祖父が帰ってくる日に備えて100万かけて家の風呂をバリアフリー仕様にリニューアルした。《家の風呂にもう一度入る》祖父と家族の願いは叶う。祖父は一度だけ家に帰ることを許された。今でも不思議なのだけど、病院でほぼ寝ていただけの祖父は、以前と同じように風呂に入ったのだ。じゃ、風呂浴びてくるわ、つって、風呂ってるのが自然すぎて、家族の全員が介助を忘れてしまう。奇跡というのは、気が付かないうちに、自然と、さりげなく起こってしまうものなのだ。案外。「ありがとう気持ちよかった」それだけを言って翌日祖父は病院に戻り病院のベッドの上で死んだ。祖父は亡くなる前日、叔父の前で頭を下げ、「俺は明日死ぬ、本当に今までありがとう、みんな元気で」といって死んだ。祖父の100年暮らした大きな古い家だけが残った。鎌倉の端っこの、広すぎ、古すぎ、使いにくすぎな家だが、僕はどうしても売る気になれない。庭いじりが好きだった祖父が庭の片隅にいるような気がする。5月5日の背比べでキズがついた柱。ガタついてうまく閉まらない雨戸。からっぽの犬小屋。毎年同じように咲いてくれる紫陽花、向日葵。歪んだピントで心のフィルムに焼付いたセンチメンタルな情景が決断を鈍らせているのもあるが、大きな理由は死の直前に僕にだけ祖父が遺した言葉があるからだ。「あの屋敷にはお宝が隠されている」。お宝が何か。どこにあるのか。語らずに逝ってしまった祖父。無職期間が延びるにつれ「家族の無病息災を気遣う言葉を残している暇があるなら、なぜ、お宝情報を残さないんだ」、そんな俗物じみた恨み節がついつい口をついてしまう。僕は、お宝があるかぎり、祖父の家を他人の手に譲ることはできない。そういえばテレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」が本放送だけでなく日曜午後の再放送も見ているくらいに大好きなのだが、最近、再放送を見るのをやめてしまった。老人たちが会場に持ち込んでくるお宝がゴミ認定されて落胆する姿を愉しめなくなったからだ。もし、祖父の言い遺した「お宝」が千円以下のゴミだったら…という不安が僕をテレ東から遠ざけた。ひょっとしたら祖父の遺した宝物はゴミかもしれない。存在しているかどうかもわからない。あの、百年生きた怪物たる祖父のことだ、死後も、ゾンビのごとく、大好きだったあの家を、庭いじりするあの庭を守るために、僕に宝物の存在をほのめかしただけかもしれない。執念深い性格をした僕は、祖父の亡霊の監督下、宝物の番犬として生き続けて死ぬ…。やっべー、それ、すげー、ありそうだ。実のところ宝物の価値を決めるのは自分自身だ。たとえば僕は祖父が一度だけしか使えないのを知っていながら風呂を新調した。正直、もったいないと思うこともあるが、あの、祖父にとっても家族にとっても、奇跡としか思えない夢の時間を100万で買えたのなら安いと思う。人間に与えられている時間は有限で、増やすことは誰にもできない。時間に値札をつけるという行為は、時間というものの価値を過少評価しているということに他ならない。ましてや、その時間が特別な時間だったら…僕は一億でも安いと思うだろう。100年生きた祖父が生に執着したように、生きている時間というのは何者にも替え難い大事なものということだけは忘れないでいたい。さて、祖父が愛した祖父の屋敷だが、経済的な理由により、この春より人に貸している。どうか、どうか、宝物が見つかりませんように、そう祈りながら家賃収入で僕は生きている。生きながらえている。生きるというのは、このように、美しくも、醜く、矛盾に満ち、大変なことなのだ。(所要時間23分)