Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

LINEでは伝えられないことってあるよね。

実家の庭にあるセンリョウの実が赤く色づきはじめる頃を眺めるのが好きだ。このあいだ、縁起のいい、小さな赤い実を見るために実家に立ち寄ったとき母から手紙をもらった。シンプルな白い便箋にかかれた、紙の手紙だ。 母はときどき、あとから思えばそれが人生の節目であることに気づくのだけど、そういうときに、不意打ちのように手紙をくれる。宛名も差出人もない茶封筒に入った手紙。今までに母からもらった何通かの手紙のなかでもっとも僕の心に残っているのは、父が亡くなってから数か月後にもらったものだ。あのときも同じように何も書かれていない茶封筒に入っていた。《お父さんのことは早く忘れてしまいなさい》その簡潔すぎる文章に僕がどれだけ救われただろうか。お父さんの分も頑張れ。お父さんの分もしっかり生きろ。そう、僕のことを案じ、応援してくれる親戚や知り合いからの言葉に感謝しながらも、同時に僕は嫌悪感一歩手前の重苦しささえ覚えていた。なぜ僕が誰かのために生きなきゃいけないのか。人は誰かになれる、というのは物語やゲームといったファンタジーだというのに。母の短すぎる手紙はそんな僕の気持ちを随分と軽くしてくれたのだった。それでも、お父さんの分も、という呪縛から僕は解放されることはなかったのだけれども。実際、僕はあと数年で父の年齢を超えてしまうのだが《お父さんの分も》という呪詛は僕の中で《オヤジの年齢を超えるまで》にというポジティブな目標へ姿を変えて僕のなかでありつづけている。あれから四半世紀。ずいぶんと久しぶりの母の手紙にすこし緊張する。なにか大きなことが起こったのではないか。そんなことを考えたりした。どうでもいい用事ならLINEで…と思ったけれども、僕は家族の誰ともLINEで繋がっていない。「家族だからこそLINEみたいなスタンプ感覚ではなくしっかりと向き合ったコミュニケーションをしよう」家族一同で会した昨年の正月にそのような取り決めをして家族間でのLINEを禁じたのだ。それなのに妻、母、弟、義妹、叔母、彼ら5名が長男である僕を排除して家族グループを作成し日々スタンプ感覚な楽しいやりとりをしていることを僕は知っている。メトロポリスの女帝に排除された民進党議員の気持ちを世界で一番理解していたのは、たぶん、僕だと思う。日々カラミたくない僕への手紙。重い内容を覚悟しなければ。母は70を越えている。遺言めいたものを僕は覚悟した。僕を呼び止めて茶封筒を渡すときの「あとで読んで」と言った母の目に真剣の色が浮かんでいて僕は何も言えなくなったしまったのだった。何かが起こったのだ。母の身に、大きなこと、良くないことが。LINEするのも嫌な、排除対象者たる僕に頼り、すがらなければならないようなクライシスが起きたのだ。僕はひとりになってから茶封筒を開けた。いつものようにぴっちりと折られた白い紙。いつもの便箋よりも厚い紙。想定外の文字が視界に入ってきた。やはり重大なことが起こっていた。《屋外詰まり除去(ジェッタ―)》《税込御請求金額¥32,076》《株式会社クラシアン》という文字列から推察するにその紙は請求書だった。

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ポストイット、いわゆる、付箋がついていて、そこには「支払い頼むわね」と簡潔な日本語が記されていた。なぜ、排除された僕が。電話で疑問を母にぶつけた。母は疑問に答える気はさらさらないようでございまして「この前、トイレを流したら、トイレの外側にある、マスっていう部品が破損して、逆流してウンニョウが飛び出してきてしまったのよ。あんたにも見せようと思ってウンニョウ逆流の写メ残してあるわよ。見る?あ、そういうの興味なくなった?あんなにウンチウンチで騒いでいたのに大人になったねえ。母さん嬉しいわ。で、脊髄反射で業者を呼んだらその請求。ウンニョウでそんな金額、家族のなかで経済力が最強のあなたにしか頼めないでしょ。介護だと思って諦めて」というワンダーな持論を終始展開した。母は僕がこの夏まで無職だったことを忘れてしまったように恍けている。痴呆かもしれない。確信的な、痴呆。電話で、ブリュッ、ブバッ、ブリョ、ビジャッ、ブズブバ〜とソウルフルに逆流の顛末を再現する母は醜悪だった。僕は親孝行と思って諦めることにした。母は暮らす古い家。そういえば昨年もガス給湯器が壊れたのだった。14万円也。LINE家族グループ内で相談しろよ。なんだかバカにされている気がしないでもないけれど、こういう理不尽な要求をクリアしていくのを人生の小さな目標にするのも悪くない気がしてきている。なんだかんだいって母は僕を頼りにしている。そう自分を信じさせるための言い訳にすぎない。だが父が死んだあとずっと父の年齢を越えることをひとつの目標にして生きてきたように、他人から見ればどうでもいい、あるいわ些細なことを言い訳や理由にして生きていけるのは、人間だけが持ちうる素晴らしい美点だと今の僕は思うのだ。たとえ、それがウンコ逆流から生まれたであったとしても。(所要時間21分)