Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

破門されました。

妻の実家は江戸時代から続く箱職人で僕はその一子相伝の弟子である。ここ数十年は義父が「伝統」といえるかどうかわからない、いかがわしい技術をひとりで守ってきた。妻と義妹が姉妹で技の伝承を頑なに拒んだのは伝統を守るのが嫌だからではない。伝統といえるかわからない代物だからだ。実際、義父でさえ「自分の代で無くなったほうが世の中のためだ」と言っているくらいの代物なのだ。義父いわく、技術的に大したものではなく、有史上一度もブレイクしたこともなく、ただ長くやってきただけの、歴史的な価値のない技術であり流派なのである。代々の当主も箱だけでは食べられず、副業的サブ的な仕事として細々と陰で続けてきたのである。工房に作品は置いてあるもののまったく売れない。月売上は一万くらいだろう。哀しいかな、単位は個ではなく円である。そんな伝統を誰が引き継ぎたがるだろうか。一応、僕が後継者ということになっているが、それは「滅びてもいいけど自分の代で滅ぼすのはいかにも自分がダメみたいで嫌だ。先祖に面目ない」という義父のエゴに付き合っているだけのこと。義父が亡くなったらその翌日に流派を廃して陰気な箱工房をカラフルなガンプラ工房へリフォームするのが僕の夢。そして「職人」てどことなく求道者っぽくてカッコよく、もしかしたらテレビやラジオの女子大生レポーターの取材を受けるかもしれない。そんな淡い期待、合法的なJDとの出会いの可能性を踏まえて跡継ぎとなったのである。意識の低い弟子だが、お茶入れ、菓子の買い出し、工房の掃除、FMラジオのオンオフ、グーグル検索等々弟子として為すべき仕事は適度に手を抜いてやりこなしてきたという自負はある。そんなピュアな僕に対して師匠は何も教えない。「教えることは何もない」「俺は俺の時代を生きる」などとカッコいいことを言って煙に巻くが突き詰めれば「教えるほどの深い技術がない」「早く自分の任期、終わらないかなー」という自分本位のあらわれにすぎないのだ。そもそも北斗神拳のような一子相伝を標榜しているが実態は世間様から求められていない技術なのである。ところが、先の日曜日の午後、突然、義父から破門された。自分ではパートタイムながら良く弟子ってると考えていたので青天の霹靂である。理由は「修行に身が入っていないから」「生活をかける覚悟がない」。おかしい。江戸時代から今まで誰もが生活をかけずに気楽に続けてきたというのに、なぜ、平成の世になって。先月、平成29年11月度の箱売上はなんと1。単位は万円ではなく個である。内容はもっと深刻で僕の母がお情けで買った1個のみ。生活などできない。将来性もない。ここ一年ほど義父と僕とで不真面目に工房でお茶を飲んだりポケモンGOをして遊んでいたので売上の停滞は仕方ない。自己責任だ。それでも売り上げの停滞はモチベーションの喪失となって、東京五輪で来日する外国人向けに開発していたペニスケースの開発も中断している体たらく。僕は義父を問いただした。なぜ、破門ですか、と。義父はあっさりと白状した。娘、つまり僕の妻が、父さんの技術を引き継ぎたいと申し出てきたからであった。おかしい。結果的に一子相伝になっているだけなのだから、夫婦で伝統を継承して盛り上げていけばよいではないか。僕の意見を義父は拒否した。「小汚い中年サラリーマンよりも、そこそこ若い娘が親子関係から師弟関係となりたったひとりで父親から伝統を引き継いでいるほうがドラマチックでかっこいいだろ」と義父はもっともな理由を述べた。妻はドールを収納する可愛くて和風な箱をオーダーメイドで作ってネット通販で売り込もうと考えているらしい。僕「ガンプラ工房でワー!」、妻「ターゲットを絞ったネット通販で箱の魅力を世界に伝える」。ビジョンに差がありすぎるので、妻が一子相伝のケンシロウに指定されても、うむ、然り、と僕でも納得してしまう。ジャギにはならない。だが、僕はまだ後継者を諦めていない。ネット通販の失敗例や箱ビジネスの将来性の無さを説いて妻のやる気を削いでいきたい。汚くて卑怯。女々しい。どんなバッシングを受けても僕は気にしない。それくらいガンプラ工房はあきらめるには惜しい夢なのだ。(所要時間19分)