Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

入社8ヵ月で部長になった僕が実践したクレーム電話への神対応について全部話す。

サラリーマンなって20年以上経つが、そのほとんどの時間を「新規開発営業職」として過ごしてきたので、営業をサポートする、いわゆる営業事務の仕事の経験が僕にはない。だが、部門長として営業事務スタッフを抱えているので、その仕事を何も知らないというわけにもいかず、数日間、実際にその業務に触れてみることにした。「やっていなければわからない」が僕のモットーだが、そのせいで僕はずいぶん損をしてきた気がする。激オコなクレーム電話を受けたのはそのお試し営業事務期間の真っ只中のことである。

我が営業部では、かかってきた電話に出るのも営業事務スタッフの仕事のひとつになっている。個人携帯を持たせているので、クライアントからの連絡は基本的にはそちらに入るようになっている。つまり、営業部の電話が鳴るときは、新規の仕事に係るもの、セールス、間違い電話、それからクレームで95%は占めているのではないか(体感的に)。営業部長兼営業事務スタッフ見習いの僕が激オコ・クレーム電話を受けることになった。「あの~。おたくにすごく迷惑しているんだけど!」声色から声の主はおばはんだと推定した。電話のディスプレイは9時ジャスト。始業同時にかけてくるあたりに相手の怒りと暇さが見て取れる。厄介だな、と直感。

クレーム対応はコツがあって、迅速な謝罪、事実確認、対応/解決策の提示、アフターフォローを順番を間違えずにやればいいと僕は考えている。フォローのあとにクレームを整理、分析して今後の糧にすればいい。迅速な謝罪をのぞけば、営業開発と一緒だ。いずれにせよ全体的にスピード感をもってやらなければならない。クレーム対応にしくじって炎上するのは、適切な謝罪を迅速におこなっていないことがほとんどだ。まずはお詫びだ。「ご不快な思いをさせてしまい、たいへん申し訳ありませんでした。私が責任をもって対応いたしますので、お話をお聞かせいただけないでしょうか」相手は、そんな機械的に対応されても困るんだけど、どうせマニュアル通りなんでしょ!とこちらにガチンコを挑みたいようなポーズをみせるので、キレちゃダメだキレちゃダメだキレちゃダメだ、と心の中でマントラを唱えぐっとこらえて、「機械的に思われたのでしたらお詫びいたします。私は営業部のフミコフミオ(仮)と申します。お話をうかがってもよろしいでしょうか」と対応。迅速な対応と身分を明かして不快の理由を開示するように促した。この事件の真相が発覚した事後、相手の名前と連絡先をこの時点で聞くべきと、周りから言われたが、どうなのだろう?営業マンの僕は自分から名乗るのが染みついているのでそれはなかなか難しい。事実確認フェーズに突入。

「あのね、おたくからDMが届いたのだけど、まあ、私もね、一度だったら何も言わないけれどね、送るのをヤメてといったのに、何回も送ってこられたら、仕事にならないし迷惑なのよ」「それはご迷惑をおかけしました」話によると、ウチの営業部が出したDMに対するクレームであった。確かに定期的にDMを発送している。送信拒否のサインが出された場合にはリストから除外して、次回に反映しているよう徹底していたはずだが、その工程で漏れがあったのだろう。「大変失礼いたしました。私から担当者に連絡して次回からこのような事態にならない対応させていただきますので、お手数ですがお名前とご連絡先をいただけませんか」これで事実確認フェーズから対応/解決策提示フェースに移行する…はずだった。だが。

「なんで被害者が連絡先を教えなきゃいけないのよ」オーマイガー!「確かに仰るとおりですが、ご連絡先をいただかないかぎりはまた同じご迷惑をおかけしてしまうので…」「そもそも教えていないのにウチの連絡先を知っているのよ!おたくは集団ストーカー?」こいつっ!いや。キレちゃダメだキレちゃダメだキレちゃダメだ。マントラを頭の中で唱える。綺麗な川の流れを頭に浮かべる。平穏を取り戻して僕は応じようとして、躊躇した。DMについては業者に任せているのだけれど、その際のクレーム対応のまずい例として「業者からリストをもらって送りました」というものがあったのを思い出したのだ。ブラック組織に情報が漏れていると勘違いする方がたまにいるからと理由だった。業者という言葉にアレルギー反応する人もいる。だが、今回の場合、特別にインターネットでお調べして、などと言ったら、むしろアウトなのではないだろうか。どれだけ修行すれば「私たちのチームにお任せください」と薄気味悪い連帯と自信を見せる損保会社のCMの人のようにスマートに対応できるのだろう…。

仕方なく僕は「個別にお調べして送らせていただきました。大変失礼いたしました。ですからご連絡先か、法人名を…」「そちらが送ってきたのだから、連絡先はご存知でしょ。大きな会社がひとつひとつウチみたいな家の連絡先を調べ上げられてるなんてこわいわー。眠れないわー」この方、もしかして世界から監視されてる系?世の中には数多のDM業者がいて、条件別に情報を収集したリストを持っていて法人ならほぼすべて何らかのリストに載っている、という現実を知らないのだろうか。個別に調べたのだから、知っているはずだ。相手の言い分は正しすぎた。僕は何か引っかかるものを覚えながら相手の話を促した。まずは話を聞いて、この引っかかりの正体を確実なものにしなければならない。

「メールを印刷した紙がね。無駄になったのよ。それからこの電話をかけている時間も電話代も」紙はA4だろうか。通話時間は10分を超えていた。クレーム対応に求められるのはスピード感。「大変ご迷惑をおかけしております。紙につきましては印字に要したインク代も含めた額を保障いたします。ご希望でしたら実物で保障も可能です。また、貴重なお時間を消費した分も規程で定められた額をお支払いたします。ですからご連絡先かお名前を」紙なんて1円もしないけどな、フリーダイアルだから電話代はかからないけどな、と言いたい気持ちをおさえながら告げた。すると「個別にー!調べたって言ったじゃないの―!」と相手は主張を繰り返した。受話器を下ろしたくなるところを、切っちゃダメだ。切っちゃダメだ。切っちゃダメだ。第2のマントラを唱えて堪える。着信から調べるか、と思ったら非通知だった。こわいわー。調べられてるー。という合間、合間のおばはんの呟きがクソリプ並にうっとうしかった。

ちょっと待て。「メールを印刷」といったな。おかしい。そういえば「ウチみたいな家」ともいっていた。ウチは条件にあうターゲットを絞って郵便とFAXでDMは送っているが、電子メールでDMは送っていない(速攻で削除されてしまうから)。それに送ったのは個人ではなく法人だけだ。FAXが届く、とはいうが、FAXを印刷する、とは一般的に言わない。「もういちど確認させていただきたいのですが」「なによ」「弊社からオタクに何が届きましたか」「DMよ」「DMは何で届きましたか」「なんだっていいじゃない。証拠に残るようにわざわざ印刷して取ってあるのよ」「それは電子メールをご印刷された、という意味ですね」「そうよ」「あの、大変申し訳ありませんが、今、どちらにお電話されてますか?」告げられた電話番号は下二けたが間違っていた。96が69に。ロック。シックスナイン。怨念は人の視界をおかしくする。もっともこの方は世界から監視されている系かもしれないが。僕が事実を懇切丁寧に丁寧語で説明すると、相手の人は、「あなたがご丁寧に対応するから悪い!」と言った。「お褒めいただきありがとうございます」事実確認フェーズと解決策提示フェーズ同時に完了。

アフターフォローがまだ終わってなかった。「このお電話にかかった時間はどうましょうか。その分を御請求させていただいても…」僕が言い終える前に相手は「あんたこわいわー!」と捨て台詞を残して電話を切った。切っちゃダメだ、切っちゃダメだ、切っちゃダメだ…。この出来事を営業事務のスタッフに話したら、よくありますよー、と言われてしまった。これは大変だ。僕は営業マンなのでカネにならない仕事を見下す傾向があるのは自覚しているけど、こういうカネにならない仕事の大変さがわかって良かった。部下たちからは神対応、神対応を讃えられたけれど、賞賛でもお世辞ではなく、かつて自分がそうだったように上司をおだてるふりをしながらバカにしてるのだろう。いったん、そのような邪な考えが頭に浮かんでしまうと、僕にはもう、彼らのいう神対応が紙対応としか、聞こえなかった。(所要時間40分)