Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ワークライフバランス最大の敵は人間のエゴである。

「ワークライフバランス」と「ライフワークバランス」とが僕の頭の中でゴチャゴチャになってしまっている。というのも、毎日のようにボスから、従業員のワークライフバランスへ配慮しろ、ワークライフバランスを配慮しろ、配慮しろ、と毎日言われ続けた結果、それを考えるのがライフワークになっていたからである。裏を返せば、それくらい我が社にとっては火急の課題であるらしい。

ワークライフバランスは簡単にいえば「社員一人一人のプライベートも大事にしよう。それが仕事にも好影響を及ぼすよー」という夢のような考え方である。我が営業部には、そうした会社の取り組みより一歩先に行っている人物がいる。昨年の夏、「自分の生活水準、マイホームや自家用車や学費に対して、今の給与水準は見合わないので、仕事の成果とは別の観点から昇給してほしい」という独自性あふれるワークライフバランス論を展開してきた、年上の部下である。僕は畏敬の念を込めて、彼のことをミスターワークライフバランスと呼んでいる。

ミスタさんは、先日、僕にこんな難題を投げかけてきた。「今春から息子が私立高校のオーケストラの部長になった都合上、両親である私と妻が保護者会の代表となり、場所の確保、連絡会の調整、ポスター印刷、会計処理、会報の印刷、愚痴のヒアリング、妬みの受け皿といった雑用をやることになりました。しばらく生活の比重が大きくなるゆえ、便宜を図ってもらいたい」なるほど、と思ったので素直に「わかりました。私には何も出来ませんが、ビラ印刷、頑張ってください」と答弁したら「それだけですか」と少々イラついたご様子。

ミスタさんのいう融通とは、言葉だけではなく、仕事上での便宜を求めるものであった。現在、我が営業部はチームを固定せず、案件ごとにメンバーを入れ替えて当たるようにしている。おかげさまで成果は出ているのでこのシステムはこのまま続けるつもりでいる。ミスタさんのいう融通とは、長時間拘束されるような案件の担当から外す、早めに出勤するかわりに退勤時間を早める、突然の休み遅刻早退の許可、というものだった。よろしいんじゃないでしょうか、とは思ったけれども、僕一人の問題ではないので、営業部全体の問題としてシェアすることにした。

僕は管理職なので、このミスタさんの仰る融通を、部署全体の取り組みに昇華させたいという思いもあった。ミスタさんがぎっくり腰で不在のときに、緊急ミーティングを開き、ミスタさんのワークライフバランス問題を議題にした。僕が以前勤めていた会社なら、ふざんけんなよ、誰が穴を埋めるんだよ、自分だけという思いが会社を殺す、とかいって紛糾したものだが、今の会社は実に素晴らしくて、「いいじゃないですか」「僕らはチームですよ」「喜んでフォローしますよ」という声があがった。やりましょうで皆の意見は一致していた。特に今年中に育休取得を考えている男性スタッフ2名は己の問題としてとらえていた。「これからはそういう働き方が必要なんです!」とか加熱しており、今からマタニティブルーが心配になってしまう。ミスタさんに我が社のワークライフバランスの先陣を切ってもらいたい!という熱い思いが湿気となって会議室の窓の水滴になった。ひとりはみんなのために。みんなはひとりのワークライフバランスのために。ワークライフバランス整いました!

このナイスな雰囲気に乗じて、僕は、ひとつの案を提案してみた。かねてからボスから「仕事の右腕をつくれ」といわれており、ミスタさんをその右腕的なポジションに置くことを提案してみたのだ。右腕的なポジション、つまり営業部のナンバー2が積極的にワークライフバランスに取り組んでいて部署全体がフォローしている、というのは社内的にアッピールになると思ったのだ。うまくいけば、この流れが、育休や産休を取りやすくなるような変化を会社に与えるのではないか。よりよい職場環境になるのではないか。その結果、僕の評価が一時期のビットコインのように爆上げ…という思惑であった。実際、ミスタさんは営業部内で最年長で、仕事的には極めて平均的だが、人当りも悪くないので適任と考えたのだ。

反応は意外なものだった。「それはちょっと無理ですね」「仕事をまとめるポジションですよね…」「率直にいって、難しいんじゃないでしょうか」ネガティブなものばかりだった。彼らの話を総合すると《チームをまとめる立場にある人は、仕事をすすめていくうえで私生活を多少損なわれる覚悟がなければならない》というものだった。つまり仕事上の便宜を与えられるミスタさんはまとめ役として不適格である、と。なんだそれ。上司は部下のために苦労しても仕方ないとは。なんて前時代的な考えなのだろうか。きっつー。そういう気持ちでキミたちは僕をサバゲーに誘って背後から集中砲火を浴びせたり、ボルダリングで墜落した僕の無様な姿を動画撮影していたのか。いやらしい言い方になるが、自分がその立場になったら楽ができるとプラスに考えられないものなのだろうか。ミスタ氏右腕案はこうして白紙になった。

ミスタさんはミスタさんで、「自分は自分の生活が良ければいいです。チーム全体のワークライフバランスには興味ありません。勝手にやってください。そんなことより昇給を」と従来の主張を繰り返すばかりで、虚しくなった。そんなのみんなに言えるわけないやん。きっつー。ひとりはみんなのためにやらない!みんなはひとりのためにやらない!ワークライフバランス整いませんでした!こうして融通案もいったん白紙となった。このように、人間にエゴがあるかぎり、集団としてワークライフバランスを叶えていくのは難しいのかもしれない。疲れたので、しばらく僕は、ワイフライクバランスだけを考えて生活することにした。(所要時間28分)