Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

リストラを打ち出している企業グループの末端が悲惨すぎて言葉を失った。

前職で大変お世話になっていた会社が廃業した。当時の担当者と会うことになったのは、「頼みごとがある」と連絡があったからだ。10年前、食堂リニューアルの際、僕は、コンサル的な立場を任されていた。久々に訪れたその会社はラインが止められていて静かだった。正門の警備員詰め所は閉鎖されていた。頻繁に訪れていた頃は、構内をフォークリフトが頻繁に行きかっていてボケーとしていると危なかったが、注意を払う必要もなくなっていた。

会議室に通されるまでに、椅子、空調、あらゆる備品に青と赤の紙が貼ってあるのに気が付いた。マジックで売却と書いてある。青が多い。赤はときどき見かける程度。会議室も、デスクやソファーや壁掛け時計などの実用品だけでなく、よくわからない絵の入った額縁や、意味不明なオブジェにも売却の紙が貼ってあった。社内コンペの写真入った写真立てや、ボロボロのフロアマットまで売っていた。処分する金がないのだろうか。

担当者の彼が明るくて安心した。もし、青白い顔をしていたり、仕事を斡旋してくれと泣きつかれてもどうしようもないからだ。「まいった。まいった」と彼は言った。「大変でしたね」僕も応じた。彼の話によれば事業終了してからも、10数人は残って、残務をこなしているそうである。「まあ、今やってる仕事に未来はまったくないんだけどね」という彼は、リストラに応じて田舎に帰るそうだ。親会社は45才以上リストラを打ち出している大企業である。

「本体を生き残すために、手足はばっさりだよ」と彼はいった。「え?ばっさりなんですか。ある年齢未満もですか?」と尋ねると、45才未満で本体に戻れるのは本体から出向してきている人材と、特に有望な人材だけで、「その他は…」と言った。その他…の先を聞く気にはなれなかった。パート、派遣は全員雇止め。45才以上は、残ろうと思えば残れるけれど、縁もゆかりもない地方へ飛ばされるか、まったく違う仕事をやらされるか、の地獄の二択。45才未満も同じだった。本体に残れる一部を除けば身の振り方を考えなければならなくなった。退職を選んだ若者もいるらしい。

彼は、本体はまだましだよ、といった。「グループで何人て言い方するでしょ。そうすると本体が厳しいリストラをしてるように見えるけれど、実際、ばっさり切られているのはウチみたいな末端なんだよね。ウチでも本体から来ている上の人間はトシがいってても本体に復帰できてるわけだから」という彼の顔は清々しかった。もう吹っ切れたのだろう。僕はかけるべき言葉が見つけられなかった。用件を尋ねると、備品を買い取ってもらえないか、という話であった。僕は、懇意にしている買い取り業者をいくつか紹介すると約束した。うまくいってくれるといい。

仕事の話が終わって、例の売却の貼り紙に話を振った。赤と青の紙だ。僕の座っている椅子にも貼ってあった。「全部、売却ですか」「そうだね」「見たところほとんど売却済みですね」「全然売れてなくて困っているんだよ」「え?」「よく見てよ。青いのは売却予定。赤いのは売却済み。赤だけ買い手の名前が書いてあるでしょ」売却済みは贔屓目にいっても1割くらいに見えた。「会社の土地も買い手も見つけないと。頭痛いよ」「いやいや目途は立ってるでしょ」「さっき、逃げられたとこ」

会議室の中で、売却の紙が貼っていないモノに気が付いた。それは「我が社の製品」と記されたプレートとともに棚に並べられた小さな金属パーツ。用途がわからない。担当者の彼は「それに売却済みの紙が貼られてれば、こんなことにはならなかったんだけどなあー。引っ越ししなくて済んだのになあ」と言った。きっつー。こんなときなんて言えばいいのよ。それから彼は、しばらく頭から離れなくなりそうな強烈な言葉をつづけた。「買い手のつかない人間はどうすりゃいいのよ」 僕は売れなかった小さく金属パーツを手に取って聞えないふりをした。僕にはそうすることしか出来なかったのだ。(所要時間20分)