「ひとつの出会いが、ギブアップ寸前だった僕を『戦える営業マン』へ変えてくれました。」の姉妹編です(http://delete-all.hatenablog.com/entry/2019/06/23/190000)
「部長は同業他社の悪口を一切言いませんね」「他社を褒めまくりじゃないすか」と同僚や部下から驚かれる。そういうときは「他社の悪口は時間がもったいないから」つって誤魔化している。かぎられた時間を他社の悪口に割くくらいなら他の話をしたほうが良くね?という考え方である。僕はポジティブなバイブスに身を委ねて仕事をしたいのだ。
今の職場にやってきて丸2年になるけれども、多かれ少なかれ他社の悪口をいう営業マンはいる。個々の細かいやり方に干渉するつもりはない。ただでさえ営業という面白くない仕事(僕はそう思っている)で、悪口や非難といったネガティブなことを言い続けていたら、ますます仕事が面白くなくなってきて嫌にしまうのではないかと心配になる。
同業他社やその商品を貶めることが営業のやり方として有効なのは認める。実際、「あそこの商品は衛生管理がなってませんよ」「低価格なのは低品質だからです」と言って、「それなら御社の商品を」「アザース!」という流れで話がまとまるお客は一定数いるからだ。二十数年前、駆け出しの営業マンだった僕も数年はそういう他者を貶める営業をしていた。だが、あるとき、とある見込み客から「キミは同業他社の悪口しか言わないね」と指摘された。ガツ~ンときた。そのころ人を貶めるやり方に行き詰まりを感じていた。商談をしていても、契約をとっても、その場かぎりで次の仕事につながっていかなかったのだ。そして何より、そういう仕事のやり方がつまらなくて仕方なかったのだ。今、振り返ってみると、当たり前だなと思う。誰かを貶めている人間を知人に紹介しようとは普通考えない。目の前の商品を買うだけにしよ、というスポットな仕事がなんと多かったことだろう。
営業の仕事のやり方に行き詰まりを感じていた僕は、当時よく通っていたスナックでよく一緒になっていた初老の営業マンに相談した。ダメもと。彼は長年保険の営業をやっていたのでそれなりに引き出しはあるだろう、少しでも参考になればいいやという軽い気持ちからであった。顧客の増やし方や見込み客の管理の方法といった方法論とともに、彼から教わったのは、「同業他社の悪口は言うな」ということであった。それだけなら目新しいところはなかったけれど、彼が斬新だったのは、他者を貶めることを禁じることだけでなく、同業他社を出来る限り徹底的に褒めろという点であった。「他社や他社の商品をできるだけ褒めなさい。卑下する必要はないが、自分のところにないメリットを教えてあげなさい」と彼は言ったのだ。
そんなことをしたら他社の商品が売れてしまうじゃないすか、会社に殺されます、という僕を彼は笑う。「褒めて褒めて他社の商品への評価がお客さんの中で最大になったときに自社の商品をセールスすればいい。もし自社製品が本当に優れているなら商売成立だろうよ」と言うので、それ無理くないか?という気持ちになる。その僕の気持ちを察した彼は「お客さんに他社の100点の商品を紹介したうえで、120点の商品を選んでいただけるようにするのが営業の仕事だよ。他社を貶めて50点に見せかけて60点の商品を売るような商売は続かない」と説明した。それから、彼は20年以上たった今も覚えている言葉を続けた。
「競争相手のマイナス面ではなくプラス面を利用する。それが顧客にとってのプラスになるのだから。マイナスの商売をやっちゃいけないよ」
彼は「営業は開発に対して、プラス面で勝つために、よりよい商品をつくってもらえるようマメに注文していかなければならない。できたら商談ごとに」と加えた。そして「同業他社のいいところを話すことでお客は、『こいつ自社の商品の宣伝じゃなくて、自分のことを考えてくれている』と考えるようになる。自然に商品ではなくその営業マンのファンになってくれる。そこまでいけば自然に売れるようになるし、その期待に応えるために営業マンは自分を向上させないといけなくなる。サービスは良くなる。商品も良くなる。信頼もされている。相乗効果で売れる営業になれる」と続けて、それが営業という仕事の醍醐味と大変さだと教えてくれた。僕はハードル高くなっていくばかりじゃないすか、と口に出してしまったけれども、ハードルを低くしたら、成績も低くなるだけだぞ、と彼に釘を刺されてしまった。
彼の言ったとおりに、競合を貶めるのをやめてからは、良くて横ばいだった営業成績は右肩上がりになった。若くピュアだった僕は、お客から他社の商品について質問を受けたときは、徹底的に褒めた。「プロの目から見ても〇〇社さんの商品は素晴らしいですよ。ウチも見習わなければならないところばかりです」「ウチの商品もなかなかですが、このジャンルだけは〇〇社さんの方が一歩先いってます」馬鹿の一つ覚えのごとく他社セールス!セールス!セールス!「自分とこの商品売らなくていいの?」と笑われることもあったけど、その頃の僕は本当にどん底で、何も教えてくれない会社に心底ムカついており、それなら他社をセールスしてやるわ!というヤケクソな心境だったのだ。最初のうちは結果が出なかったが、次第に問い合わせの連絡がポツポツと増え出して、気づいたら上昇気流に乗っていた。お客からは「会社にこだわらずにいい商品を紹介してくれるから助かる」みたいなことを言われるようになり、自社の商品を選んでいただけるようになっていった。マイナスではなくプラス面にフォーカスしていけという、あの初老営業マンの教えの正しさを僕は思い知ったのだ。
スナックで会ったとき、お客の変化について彼に話した。彼は競争相手を貶める商売はジリ貧だよ、と切り出し、競争相手と共闘して価値を高めあっていけば値下げ値下げのつまらない価格競争から逃げられるはずと言った。そらから彼は「ウチの業界はそうはならなかったけど」と自嘲していた。彼にも、やりたい仕事をやりたいようにやれなかった苦い思い出があったのだろう。お礼を言うと「やったのは君だ。営業という仕事はやった人間がいちばん偉いんだ」と言って普通に酒を飲んでいた。
あれから20年経った。僕は彼から教わったやり方だけで、営業として戦い続けている。世の中は変わって仕事や業界を取り巻く環境は随分と変わったけれども、仕事をするうえで大切なスタンスは何も変わっていない。ひとつだけ彼は僕に嘘を言った。彼はいつか仕事が楽しくなる、と言っていたが相変わらず仕事を楽しいと思うことはほとんどない。せいぜい、つまらなくはない、といったところ。これから当時の彼の年齢に近づくにつれ、楽しくなるのだろうか、だとするとまだ僕にはやれることがあるということでそれは楽しみでもある。リタイアして地元北九州に帰った彼が今何をやっているか僕は知らないが、場末のスナックで営業マンたちの愚痴や悩みを背中で聞きながら静かに飲んでいるような気がしてならないのだ。(所要時間35分)