Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

おもてなしマインドを身につけよう

 ※当エッセイは9月27日発売の書籍「ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。」から最終的にカットされたものです。カットの理由は「文字数の都合」。KADOKAWAさんと東京五輪2020の関係上、五輪と滝クリさんに批判的な内容のためカットされたわけでは決してありません…。

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我々一般市民の与り知らぬところで「おもてなし」を売りにコンペで五輪を勝ち取ってこられても迷惑でしかない。大挙押し寄せて来日する外国人の皆様におもてなしをするのはプレゼンをした滝川クリステルさんや招致委員会の皆様ではなく、五輪で得をすることのない我々小市民。老夫婦が営む小料理屋が「コノオミセペイペイデシハライデキナイデスカ!」という容赦のないクレームを浴びて泣く泣くのれんをおろす姿が目に見えるようだ。僕は「おもてなし」の大バーゲンに、ついに日本は売るものが枯渇してしまった……という絶望を覚えた。

 僕が子供の頃から「日本には資源がない」と言われていた。資源がない国、世界第二位の経済大国、バブル最高、技術大国、クールジャパンと変遷を経て、今、日本は観光立国を目指している。古い寺社仏閣。四季に彩られた美しい風景。城があり、フジヤマがある。ニンジャやゲイシャもいる。シャンシャンもまだいる。オリンピックをきっかけに世界中からたくさんの外国人に来てもらって、お金を落としてもらおうというわけである。賽銭箱をドルやマルクで満杯にするぞー!

「金で解決すればいい」と言っていた三代目社長が、まずい経営で会社を潰して没落、先祖代々継承してきた土地と建物を売却して生活保護でカツカツの生活をしているような悲しみを覚えてしまう。現実は厳しい。これからは僕も、悲しみの涙をぬぐって観光立国の一員として生きていかねばならない。表裏のないおもてなしの精神が僕に備わっていることを祈るばかりだ。

 2020年に開催される東京オリンピックが、観光立国としてやっていけるかどうかのターニングポイントであることに異論はない。特に外国人旅行者をもてなしたいという気持ちはないが、食べていくためにはおもてなしをやらなければならない。そもそも「日本にはおもてなしの心がある」と宣伝されているが本当にあるのか疑問だ。

 

「やっちゃえ」と宣伝していた自動車メーカーが本当にやっちゃっていたリアル感がそこにはまったく感じられない。

 

残念ながら僕には、おもてなしの心は備わっていない。無償でもてなせない心の汚い不良品。他の日本人の人々は、どうだろう? 昨今の公衆便所の使い方の汚さを見る限りでは、おもてなしの心がある人はむしろ少数派だと思われる。かつての経済強国、技術大国の遺伝子やプライドが邪魔をして「へっ! おもてなしなんてやってられるかよ」という強気な態度の者もいるのだろう。僕のような中年が「俺たちの若い頃はもっと凄かったぜ」と若者に自慢している姿と似ていてとても醜い。

無償でおもてなしをするマインドがないので「さあ、見せてやるぜ、観光立国国民のおもてなしの心を!」と鼻息を荒くしても、具体的に何をすればいいのかわからないのだ。無償でおもてなしする心は持ち合わせていないが、有償なら毎日やっている。毎日、会社や家庭において、上司や配偶者におもてなしをしているのに、縁もゆかりもない、一円にもならない外国人の方々におもてなしをしろと言うのか。ただでさえ僕のような中年男性は息をするだけで若い女性たちに生ゴミ扱いされている。若い女性たちは「ちょっと……」「マジで、息とか永遠に止めてほしいんだけど〜」とせっせと納税して国を支える僕らをDISる一方で、キャーキャー大騒ぎしてジャスティン・ビーバーや韓流アイドルグループを追いかけまわしている。笑顔で搾取されている。そのような極めて不愉快な現状があるというのに、ジャスティン・ビーバー似の外国人旅行者に、アホみたいな笑顔を浮かべて、「愛無総理~」つって、一銭にもならない、おもてなしができるはずがない。

僕は営業マンだ。おもてなしのプロだ。プロだからこそおもてなしサービスを無償で提供するわけにはいかない。このような話を職場の若手にしたら、「いやいやいや、そういう考えはもう古いっすよ、たくさんの外国人の方々に来ていただいて無償でおもてなしをして気持ちよくお金を落としていただく。つまり無償のおもてなしは将来への投資ですよ」と訂正された。新たなビジネスチャンスらしい。であれば僕はおもてなしのプロである前に、ビジネスのプロである。回収できるのなら、おもてなしをやろう。滝クリになろう。斜めから見られることを意識しよう。

 

このことに気付いたのは、外国人観光客が大勢やってくる東京五輪まで残り1年の時点である。これからおもてなしマインドを身に付けるには日常生活の中で常に意識していくことが求められる。

朝、洗面台の前で仁王立ちして一心不乱に歯を磨いている奥様の後ろに立つ。「いつも文句を言いつつも傍らにいてくれてありがとう」という感謝の気持ちを持ちながら、薄ら笑いをして鏡に映る彼女を見つめる。わざわざ声をかけない。驚かせて、うがいしている水を誤って飲んでしまわぬよう、サイレント薄ら笑い。これが相手ファーストに考える、おもてなしというもの。「不気味な顔して背後に立たないで」と言われても、気にしない。

とある休日の朝、散歩に行ったときのこと。5月の海岸の気持ちよい風を浴びながら歩いていると、20歳前後のアジア系外国人女性3人組に声をかけられた。なぜ、外国人の方々は、日本人よりも露出度の高い衣服をお召しになるのだろう、これが噂の逆ナンパかな、という淡い期待は瞬間的に消失してしまう。「スラムダンク、シッテマスカ?」と彼女たちのひとりが言ってきたからである。世界には、クールジャパンに憧れる外国人が大勢いて、クールジャパンを求めて来日しているという話は聞いていたが、本当に実在するとはね。

「オフコース! 知っていまーす。偶然ですね、私の名前はRUKAWAです」と答えた。おもてなしの心、大爆発。すると彼女たちはバカ受け、腰をおさえて、ヤー!  とかオー! とか声をあげて、お互いに肩を叩き合って息が切れるほどゲラゲラ笑った。それから、「イエーイ! アリガトーゴザイマス!」「イエーイ! サンキュー!」と奇声をあげながら彼女たち一人ひとりにハイタッチをして別れた。こういう、左手はそえるだけのシュートを一本一本決めるような地道なスラムダンクの積み重ねが、僕の中におもてなしマインドを形成していくのだろう。

家に帰って、鏡を見たら疲れ切った中年の男の顔がそこにはあった。おもてなしをするためにテンションを上げることは、思った以上に中年男の心と身体を消耗させるらしい。このままのペースでおもてなしを爆発させていたら、東京五輪2020まで持たない。でも、やるしかない。資源も技術もお金もなくなった僕らには別の道は残されていないのだから。諦めたらそこでゲームセットなんだよ。(所要時間43分)