Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

新興宗教の勧誘を別の神を擁立して丁寧に退けました。

新型コロナ感染拡大にビビッて3連休を自宅で過ごしていたら新興宗教の勧誘を受けた。ウチのベルを鳴らしたのは中年女性2人組である。モニター越しでも「ああ、あの人たちね」とわかる雰囲気。相手にとって不足はない。だが、僕は妻から新興宗教にかぎらず、新聞、ケーブルテレビ、健康飲料、マンション等々各種勧誘を受けないよう、きつく言い渡されている。しかし、今、彼女は、メイク中であるため、玄関に出てこられない。ふたたびベルが鳴った。緊急事態である。

なぜ僕が勧誘の対応を禁じられているのか。それは僕が断るまで相手をその気にさせてしまうからである。駆け出しの営業マン時代を重ねて、ついつい相手の話を聞いてしまうのだ。「で、おたくの神様はどうやって僕の幸福を最大化してくれるの?」「クーリングオフは可能?」という調子で、玄関先で長話をはじめる僕に「あ~もう!」と妻の苛立ちが爆発、特に厄介な宗教の勧誘には彼女が対応することになったのだ。

妻が新興宗教の勧誘を失礼のないように断りました。 - Everything you've ever Dreamed

彼女の対応は斬新だった。「私が神です…」といって先制攻撃を仕掛けるのである。微妙に爪先立ちで上下に動き浮遊感を演出している彼女は、色白、前髪眉上パッツン、令和の小林麻美ともいうべきアンニュイな雰囲気といった外見的な特徴もあって、神っぽさが増幅されていた。すると勧誘する側も圧倒されて「なんか、ヤバいところに来てしまったかも」と退散していくのであった。

しかし、その妻はメイク中。緊急事態。ベルが鳴らされた瞬間に「はいは~い」と何も考えずに浅はかに返事をしてしまったことが悔やまれる。ドアに向かって歩きながら、以前のように営業トーク対応をしたら、事後、妻に詰問されて魂が死ぬ。また、ここ一年ほど妻は宗教的な勧誘に対して神対応をしてきたため、継続性のない対応をした場合、これまで積み重ねてきたものが無に帰してしまう。極めて慎重な対応が求められていた。

どうしたらいい?ドアを開ける直前、鼻毛チェックをするつもりで玄関に設置されたミラーを除いた瞬間、そこに映し出された、前夜からの深酒で青白い顔、無精ヒゲ、血走った目、やつれた頬を見た瞬間、アイデアが空から降りてきた。僕は招かざる客の待つドアを開けた。

「神のもとで働く者です…」僕は神に仕える者という設定で対応することにした。目には目を。新興宗教には新婚宗教を。「申し訳ありませんが…神のもとで働く者です…」。マニュアル通りの対応なのだろうか、二人組のメガネが、こんな時代だから我々は助け合わなければいけません、とごく当たり前の口上を述べ、それからこれもマニュアル通りなのだろうね、この不安定な世の中で不安に襲われませんか?と不安をあおるようなことを言う。こうして思想信条のちがう二人組の使徒と話している今この瞬間不安に決まっているだろ。アホか。

僕は目を薄く開け、それから「我が神とあなた方の神は違う」と抑えたトーンで言った。するとメガネじゃない方が、私たちはそういうのとは違うの、といって●●が表紙をかざっているパンフを出して、皆で助け合うことから始めるサークル活動的なものだとアッピールしてきた。表紙の●●に驚きを隠せなかったが、冷静につとめて「では神声(しんせい)を聞いてまいります」と瞬間的に思いついた造語を口にだして、軽く一礼をしてから、奥に下がり妻のメイクする部屋の前で、「俺が下僕でお前が神で」「パンフの表紙が●●」で、といきさつを話し「どうすればいい?」と次の指令を待った。「薙ぎ払え」とドアの向こうから無慈悲な声が聞こえた。ラジャー。

僕は、二日酔いの胃液がこみあげてくるのを耐えながら、玄関まで戻り、「神声(しんせい)がおりました。あなたたちの望みは何か。答えによっては神炎がこの地を焼き尽くすかもしれませんが」と脅迫にあたらないかビビりつつ、言った。メガネと●●が表紙のパンフを持った人の間に動揺が走ったのを僕は見逃さなかった。二人がアイコンタクトをしたのだ。

「望みを…」と僕は追い打ちをかけるように告げた。メガネが「女性ですか?」と想定外の質問をしてきた。以前、妻の「申し訳ありませんが、私が神です…」でやられた記憶がよみがえったのかもしれない。「お答えする権利はありません」「個人情報ですか」「いえ。神は性別を超越しているからお答えできないのです」僕はふたたび妻の部屋の前に戻り、状況を話す。「面倒くさいから私が行こうか?」などと言う。妻が出てきたら、使徒2名と●●の前で、下僕ポジションの芝居を続けなければいけなくなる。人様の前でそれはできぬ。「僕ひとりでやるよ」説得するつもりでドアを開けるとそこには妻がいた。完全に眉毛がない姿を見たのは初めてだ。LEDの光で照らされた眉毛のない額は神々しかった。ザ・神って感じがした。この姿を見れば、使徒たちは即座に退散するだろう。

僕は一足早く玄関に戻った。そして「今、我が神が降りてこられます…」と使徒に告げると、ややあってから、「今日はこのへんにしておきます、パンフを置いていくので興味があったら連絡をください」と言い残して、慄くような表情を浮かべて去っていった。僕の知らないところで、使徒と妻のあいだで、どれほどの激しい神々の戦いが行われていたのだろうか。想像するのもおそろしい。とりあえず、妻にひれ伏しておいた。神とは神を名乗った者だけがなれるのだ。下僕を名乗った僕は逆立ちしても神にはなれないのだ。(所要時間28分)

このような人生の一部を切り取ったエッセイ集を書きました。→ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。