Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

人脈づくりで営業マンは地獄を見た。

スマホに謎の着信があった。番号は通知されている。相手は不明。携帯電話を持つようになってから25年以上同じ番号を使っているので、今でも月に数回程度、「謎の着信」がある。「間違い電話」や「知り合いの新しい連絡先からの着信」といった例外を除くと、謎の着信のほとんどは僕の過去に原因がある。無鉄砲な人脈づくりだ。営業という仕事をはじめた頃、上司や先輩から、執拗に人脈の大切さを教えられた。人脈は、錬金術、魔法、バイアグラであると。人脈は、不可能を可能に、閉塞を打開する、チート武器であると。

1990年代後半。上司や先輩からの圧力で、実態は命令による強制だが、自発的な行動という名目で、僕は一時期、仕事が終わったあと、同業他社との勉強会や、保険会社や銀行・信金や商工会が催す異業種交流会といったものに足を運んで、名刺配りマシンとなっていた。「何かございましたら」「困ったことがあったら」などと心にもないセリフをアホみたいに繰り返して名刺を配りまくった。目線があった瞬間に口角をあげて笑みを浮かべる気味のわるい名刺交換の最中に「もっと効率的なやり方があるのではないか」と自問自答したのをよく覚えている。だが、あえて、わざわざ、いちいち、足を運び名刺を交換して仕事や夢について語ることに美徳を見出していている周囲を目の当たりにすると、「自分が間違っているのではないか?」と思い直したのだ。

人脈とは何だろう?ひとことでいえば、困ったときに相互に助けたり助けられたりする人間関係になるのではないか。イメージとしては日常的あるいは定期的につながりのある、仕事や学業や研究での人間関係よりも、つながりが薄く、広い範囲の人間関係だ。

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▲人脈(理想)のイメージ

仕事で追い詰められたときに、ふと思い出して「●●ちゃん!ちょっと困ったことになっているのだけどさ。力になってくれない?」と電話をかける、みたいな感じ。

だが、僕の経験では、苦労して名刺を配りまくって作り上げた人脈が役に立ったことはない。ないのだ。もちろんゼロではない。けれども、結果からみれば、時間と労力といったコストに見合うものほどのリターンは得られなかった。人脈はギブ&テイクの関係である。困ったときに助けてもらうためには、相手が困っているときに助けなければならない。人脈が増えれば増えるだけ、こちらから助けたり相談を受けたりする機会が増えた。それがストレスだった(もちろんビジネスに発展する可能性はあるが)。

人脈を拡大・維持するコストが馬鹿にならなくなったのだ。ギブ&テイクの関係性、言ってみれば「正しい人脈」を掘り当てることもあるが、人脈のほとんどは双方にとってメリットのない関係であったり、ギブあるいはテイクだけの一方的な関係であったりした。実際問題、僕にコンタクトしてきたのは、僕からテイクしようとする人ばかりで、ギブ&テイクのバランスはとれていなかった。なかには詐欺まがいな話を持ち掛けたり、搾取しようとしたりするような悪人もいた。一方的な圧になり、ストレスになった。

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▲人脈の実際

だから僕は、食品業界へ転じる際に、これ幸いとばかりに、苦労して作り上げた人脈をすべてカットした。携帯(当時はまだスマホはなかった)と手帳のアドレス帳から何百という人脈を削除した。無理に関係性を拡大するのではなく、普段の仕事その他と繋がっている関係性を地道に広げて、パイプを太くしていく方向性にシフトしたのだ。

人脈をばっさりカットしたけれどもまったく困ることはなかった。それがファイナルアンサーだろう?結局のところ無理につくりあげた人脈はその程度のものであった。振り返ってみると、人脈づくりの底にあったのは「仕事やってる」感だった気がする。さて。スマホにあった謎の着信は、予想通り食品業界に来る前の人脈づくりで連絡先を交換した人からのものだった。僕がまだ運輸系の仕事をしていると思ってコンタクトしてきたらしい。20年間もまったくやりとりをしていない関係性でコンタクトしてくるとか…人脈……おそろしい子!(白目)

人脈づくりに没頭していたあの頃(90年代末)、一緒に人脈づくりをした営業部の同期がいた。僕が名刺配りマシンなら、そいつは人脈原理主義マシンだった。「コストに見合わない」という僕に対して、人脈原理主義君は「大きなリターンを得ればコストは問題ではなくなる」という信念をもっていた。仕事中も電話やメールを駆使して人脈づくり。仕事を終えれば人脈づくり。休日もゴルフコンペや交流会で人脈づくり。作り上げた人脈を維持するために酒、ゴルフ、コンペ。あらゆる場所で人脈づくり。海で人脈、川で人脈、山脈で人脈。憑りつかれたかのように、よく知らない人たちと酒を酌み交わして名刺をばらまいていた。

細身のカラダからは想像できないほどの心身のタフネスが備わっている彼だからなせる業であった。僕は彼がうらやましかった。「コストに見合う/見合わない」という計算をせずに、補給線を無視して前線を拡大する軍隊のような真似は僕にはできないからだ。もっとも、僕が退職するまでに彼が大きなビジネスをゲットすることはなかったが。

過去の人脈からのコンタクトをきっかけに人脈原理主義君に連絡を取ってみた。メールも電話も死んでいた。どうやら僕は人脈原理主義者の人脈から落選したらしい。「使えねー」と判断されたのだ。なんかムカついた。文句のひとつでも言わないと気が済まなくなり、共通の知人(かつての同期)に20年ぶりに連絡をとり、人脈原理主義君の連絡先を教えてもらおうとした。運命は無慈悲であった。

「あいつは死んだよ」と言われた。知らなかった。10数年前に彼は死んでいた。酒で身体を壊してあっけなく逝ってしまった。因果関係はわからないけれど、僕にはあの人脈づくりが祟ったとしか思えなかった。「コストは気にしない」と言っていた彼は大きなコストを払ってしまったのだ。

人脈づくりは否定しないけれども、本来の目的から、そして時間と労力といったコストから見直して、ときどきカットして、無理なく計画的にやってもらいたいものである。人脈なんてもともと薄い関係なのでカットしてもオッケー。無理に維持する必要なんてないのだ。人脈づくりはほどほどに。いのちだいじに。(所要時間44分)

働き方についてのエッセイを多数収録した本を書きました→ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。

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