Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

急で悪いけど仕事ヤメることにした。

前の会社に勤めていた頃から18年ほど付き合いのある、とある会社の担当者と2年ぶりに会ったら、突然、後任を紹介された。挨拶。名刺交換。雑談以上商談未満の会話。確か、定年まで1年以上あったはず、横領がバレたのか、ハラスメントで追いやられたのか…。僕の疑問を察したかのように「家の事情で早めることにした」と彼は言った。咄嗟に「長い間、お世話になりました」と言うと彼は「何にもお世話してないよ。悪かったね」と詫びた。

そうなのだ。僕が前の会社に勤め始めた頃から、つまり食品業界に転職してきた頃から、何年も通って話をしてきたけれど、残念ながらいまだ契約に至っていない。辞めていく彼が、源義経を守護する武蔵坊弁慶のごとく、契約の前に立ちはだかって薙刀を振るいまくっていたのだ。

ナギナタマンの第一印象はマジで最悪。「御社とは取引しないから」。コンペの結果通達はそれだけ。わざわざ呼び出してその一言。「なんて冷血なのだろう」と憤ったものだ。彼に好かれようという意識がなくなって、時間のあるときは年に数回は彼に会うようにした。嫌がらせのつもりだった。それでも「いつかは商売の話になるだろう」という期待は、腹を下しているときの油断できない便意のように、面談中の僕の意識にはあった。

商談は始まらなかった。何回か会っているうちに彼の会社の親会社のイコウ・シガラミ・ソンタクで他社に切り替えられない事情がわかってきた。それでも僕は彼に会い続けて自社のサービスや取組、業界の動静などの情報を提供した。たぶんあの頃の僕は若く、落とせない客を落とす近未来の自分像に酔っていたのだ。彼が僕から得た情報にどれだけの価値を見出だしていたのか、僕にはわからない。永遠の謎だ。だが彼は僕を拒むようなことはなかった。「何回会っても無駄だぞ」「暇なのか」そんな言葉をかけては色々な話をしてくれた。

年に2~3回会って商売にならない話をする関係は続いた。僕の中には彼を落として契約を取るという気持ちはなくなっていた。彼の方でも「ウチとは付き合わないほうがいい」と言って、商売は片隅に置いて、話をしているように僕には見えた。「さあ、仕事なんかどうでもいいからさ」と。彼からはいろいろ教えてもらった。事業展開していないエリアだったので、「オフレコだけど」と前置きして話してくれたそのエリアにある企業や法人の話、顧客サイドが求めるサービス、といった情報は活きた教科書になった。

商売とは別の地点にある関係性だからこそ彼も話せたのだろう。その話をフィードバックするだけで自社のサービスを見直せたし、そのエリアの営業開発はうまくいった。そんな実務的なものはどうでもよく、普段の仕事のなかで仕事やプライベートとは外れた居場所を持てたのが単純に心地よかったのだ。仕事でもプライベートでもないあいまいな関係を持つことは案外難しい。僕の四半世紀の会社員生活は、契約終了即サヨナラの関係ばかりだ。

最近、僕よりも年長担当者が定年を迎えて一線を退くケースが増えてきて、僕自身、自分の定年を強く意識するようになった。結局のところ、仕事は、どこまでいっても仕事にすぎないのだ。会社を辞めたらバイバイキーンなのだ。仕事をしながら、仕事とは関係ないところにおいて、自分より若い人たちに何かを残せるような人間になりたいものだ。去っていくとき、「何も世話していないけど」と言える相手をどれだけ持てるか。そういうものが働くなかで得られるであろう経歴や実績や技能にも劣らない価値があるように今の僕には思える。(所要時間21分)

12月16日に本が発売になりましたー。