僕はフミコフミオ。食品会社の営業部長だ。年末のこの時期は歳末商戦セールスの終盤で大忙しなのだけれども、今年は少し様子が違っている。クライアントへの物価高騰対応のための値上げ申請が加わって追われている。ほぼすべての原材料のコストが上がっているので、たとえば原価が高い商品の生産を調整して他のコストのかからない商品をあてるといった企業努力ができず、クライアントにお願いをしているのである。申し入れに対して「企業努力でなんとかしてください」「他の会社さんに切り替えますよ」という冷血な企業は圧倒的に少なくて助かっている。だいたいが「仕方ないっすねー」みたいな感じで値上げ幅を少なくする着地点妥協点を話し合いで見つける流れになる。助かっている。結論からいえば日本人は気分とムードなのだ。仕方ないっすねーがついつい口をついて出てしまうほど、メディアが連日値上げを連呼してくれているから、「値上げヤバい」な気分とムードが醸成されているのである。とあるクライアントの担当者は一味ちがった。僕からの値上げ申し入れのドキュメントを確認すると「値上げやむなしですね、フミコ部長。毎日、値上げ値上げでホイホーゼになってしまいますよ。ウチも御社以外からも値上げの要請が来ておりますよ。まあ何もかもが値上がりで厳しいですよね。いやー。企業努力でなんとかなるってレベルはこえていると私も認識しています。いやー。どちらの企業さんも限界っすよね。いやー。商品価格に転嫁しないとやっていられませんよねー。最悪、倒産する企業さんも出てきてしまうんじゃないかな。いやー。弊社も取引先がなくなってしまったら困りますからね。なんとか力になりたいと考えております」と前置きしたあとで、それはそれ、これはこれみたいな顔面で「ところで定番商品Aの値を下げてもらえませんかね」と値下げを要求してきたので、サイコパスかと思いました。歳末商戦で定番商品Aをつかった商品をキャンペーン価格で売り出す計画らしい。値上げが値下げで返ってくるとは想定外であった。念のため「御社の商品に当社の名前は入りませんよね。そのキャンペーンをすることで当社が得られるリターンはなんですか」と質問すると「ありませんね。当社が値上げムードのなかで値下げをする企業として評価は上がるかもしれませんけれど」という回答。サイコパスだ。当惑していると担当者は「世の中の値上げムードに一石を投じたいんですよ」となんかカッコよさげな言葉を僕に浴びせてきた。うむ、確かに、その石は投げられているよ。ただし、こちらに向かって投げつけられてブシャー!大量出血を起こしているけどね。石の投げる方向を確認してー。自分のところの努力で勝手にやってくれよ。巻き込むなよ。こちとら値上げに来てるんだっちゅーの。脱力して中高年特有のケツ筋の緩みを起こして質量をともなった屁が出てしまいそうになってしまった。ここで机をバンと叩いて突っぱねるのが、契約を失ってでも自社の利益を守る一流の営業マンである。素晴らしい。エクセレントだ。僕は違う。歳末キャンペーンを受けるかわりに販路開発に苦戦していた新商品B~Ⅾの値引きでの納品を約束させたのである。僕は超二流の営業マンなので、セールスにしくじっていた商品の販路が作れるなら、一時的な大量出血をしても長期的にみて元は取れるという賭けに出たのである。この賭けに勝つか負けるかは倉庫であふれ不良在庫になりつつある新商品の評価次第。最悪、保管コストもバカにならないので在庫がはけるだけでオッケーなのだ。サイコパスから投げられた石は投げ返せばよいのである。この話を奥様にしたら「キミは二流のサイコパスですね」と褒められました。おしまい。(所要時間20分)