そのカラオケボックスは、いつ来ても“人生の残りカス”みたいな匂いがする。壁の吸音材は、歌声よりも後悔と怨念を吸いこんでいるのだろう。それらと時間を混ぜるとクソみたいな匂いを放つのだ。クソみたいな匂いのする部屋で歌うという行為は、人生のどこかで落としたネジを探す儀式みたいなものだ。そんな場所の真ん中に、義父が座っている。
義父は七十代。箱職人で、木と紙と、昭和と平成の湿気でできている。そして、酒が一滴も飲めない。「飲めるけどな」と義父は強がるが、ほとんど酒が飲めない老人は、ブコウスキーの小説に出てきたら、たぶん一行で退場させられる。義父は人生の苦味をどうやって流してきたのだろう。ビール吸引機のごとく、がぶがぶ飲んでいる僕には理解できない。義父からカラオケに誘われた。嫌な予感がした。これは歌うためじゃない。義父の心の中につもった“おが屑”を掃除する時間なのだと。
僕はウーロンハイを頼み、義父はホットウーロン茶を頼んだ。温度差がそのまま人生経験の差になっているような気がした。僕は最近、冷たい飲み物を飲むと胃が痛む。五十年間酷使してきた胃腸はもはや“下痢便製造機”。翌日の仕事を考えて、ホットでソフトな飲み物を頼むときがきている。リモコンを渡すと、義父は受け取ったまま固まった。曲を入れる気配がない。その沈黙は、不良品を見つけた二流の職人がそのまま見過ごして出荷したときの沈黙に似ていた。死んでいたら面倒でいやだな、と思った。
「選挙行ったか?」蘇生した義父が言った。義父が政治の話をするのは、はじめてだ。行ったんですか、と僕が確認すると、「行ったさ」と義父は短く返した。その“さ”は、板にやすりをかけているときの音みたいに軽い。「今回ばかりは困ったんだよ」義父はテーブルを指でトントン叩く。そのリズムは不整脈のように不規則で、義父が人生をかけて身につけたリズムだ。「ずっと対抗のほうに入れてきたんだ」義父は言う。「自民はどうも性に合わん。昔っからだ。だがな、対抗があそこと組んだろう」義父は顔をしかめる。「若いころにあそこの支持団体から、えらい強引な勧誘を受けてな。あれが今でもムカつく」義父の語り口は、錆びたノコギリを引くときのように重い。対抗に入れようと思っても、あそこがいる。許せない。でも自民にも入れたくない。なんか大阪要素が付いてくるし。他の政党は、正直よくわからん。どこも減税減税で違いがわからん。「結局、どうしたと思う」
僕は答えを飲み込む。赤旗ですか、と言おうとして白旗をあげたのだ。義父は、ダボ継ぎがうまくいかなかったときの、何もかも誤魔化すような笑顔で言った。「しかたなく、自民に入れたんだよ」その“しかたなく”は、職人が規格外の材料を使うときの“しかたなく”と同じ響きだった。義父はしかたなくを量産して箱をつくってきた。義父は政治に詳しくない。ニュースを毎日チェックするタイプでもない。そんな義父でも「投票先がない」という壁にぶちあたるのだ。「年寄りでも迷うんだぞ」義父は苦笑い。「若いもんはもっと迷うんじゃねえか」「迷いまくりですよ」僕は合わせた。若いは否定しなかった。「婿殿もか」と言って、義父はようやくリモコンを操作し始めた。職人の手は、年を取っても職人のままだ。『マン〇ーの〇スポット』が流れ始める。サビを歌う、スポッ、スポッ、という義父の声には張りがあった。
僕はグラスの氷を転がしながら考える。ノンポリという言葉は、政治に無関心な人を指すものだ。だが、義父を見ていると、無関心というより“選択肢がしっくりこない”だけなのだ。強い支持政党がない人ほど、選挙のたびに迷い、その迷いが積み重なって、重い分銅となり、しかたなく、しっくりしないけど選択の天秤の片側にすべてを乗せる。
義父の歌が終わり、僕は軽く拍手した。リモコンを受け取りながら思う。義父の“しかたなく”は、もしかすると今の社会の空気そのものなのかもしれない。選択肢は多いようで、どれも自分にぴったりこない、全面的に支持はできない、でもなんとかしてほしくて、少しでもしてくれそうなところに賭けてみる、そんな時代に、僕たちは生きている。画面に表示された曲を押すと、イントロが流れた。義父は「お、これいいな」と言って、さっきより少し明るい顔をした。そんな僕らの『ultra soul』(所要時間24分)
