
僕は食品会社の営業部長。新規開発営業が本業だが、都合よく会社に使われ、給食事業の既存顧客との価格交渉も任されている。最近は価格協議が多い。昨今の原材料および人件費高騰を反映した委託費や販売価格を勝ち取るのだ。これだけの物価高、人件費高でも全ての顧客が価格改定に応じてくれるわけではない。たとえば、某神奈川に本社を置く自動車メーカーの部品を作っている企業のような経営の先行きが見通せないところなどは、価格交渉は難航している。仕方がない。
話が出来ればいいほうだ。まったく聞いてくれないところもある。値上げを求めるだけで協議せず、即コンペになったり、解約をほのめかされて脅されたりしたことは何度もある。下請けきっつー、と嘆いていたら、下請けではなくなっていた。https://www.gov-online.go.jp/article/202511/entry-9983.html
どういうわけかというと今年の1月から下請法あらため取適法が施行され、下請事業者は中小受託事業者となった。価格交渉の協議に応じることが義務化された。この法律で改善される!そう考えていた僕は甘かった。
先日、とある顧客と価格改訂について話し合うことになった。難色を示していたのに、いきなり応じてくれた。新法律様はすごい。相手方は担当部署(総務人事)の部長と課長、こちらは僕と会社上層部の末席取締役である。なお、この取締役は天下りマンで給食業を知らないため、協議冒頭の「いい天気ですねー」という以外発言はないため以後登場しない。
用意した資料をもとに原価高騰で運営がいかに苦しいか説明すると、相手二人は「事情はわかりました」と極めて事務的に言った。見込みはいかがでしょう、多少踏み込むと、課長は懐からトイレットペーパーほどの幅の紙を出して「ではサインをお願いします」と言った。幅便所紙には「弊社担当者は価格協議に応じた」という意味合いの文が印字されていて、レ点を入れるようになっており、サイン欄があった。相手側監査部門がきちんと業者に対応しているのかチェックするためのもののようだ。
協議に応じてもらえたのでサインをした。すると「ありがとうございます。話は十分にわかりました。ご事情も理解しました。弊社としても前向きに検討させていただきまして」と相手がポジティブな発言を始めた。新法律すごい。「結果から申し上げるとゼロ回答になります」と言った。前向きな検討どこいったのか。新法律無力。現状の価格で現行サービスは提供できない旨を説明すると、クオリティ低下は覚悟しています、と相手は言う。食材の質や食事のボリューム、人員削減による提供アイテム数の減少等、想定されるサービス低下を説明しても、構いません、と相手は言う。そこまで仰るなら、共に不景気を乗り切る覚悟を決めて僕がいうと、「ただし、サービス内容低下によって利用者アンケートで基準点を下回ると規定により自動的に業者変更コンペを行います」と告げた。つまり内容を下げるのは構わないが、その結果どうなるかは知らない、ということ。
結局のところ、形だけの価格協議である。「我が社は下請け改め中小事業受託者からの価格改訂に応じて協議をしている、証拠もあるよー」というわけである。かえってお墨付きを与えたようなものだ。社員食堂を運営する会社は他にいくらでもある。新しい法律を施行して下請けから名前を変えても下請けは下請け。替えが効くのだ。協議はします、検討もします、でも価格改定は無理です、の流れが出来ていく。協議に応じてくれない絶望感より協議は受けてくれたけどの絶望感のほうが深いかもしれない。話し合いさえできれば…という希望がなくなるからだ。
一方的にやられてはいられない。「もし価格改訂にまったく応じていただけなければ、解約条項に則って即時撤退も考えます」と言った。食堂閉鎖になったら大混乱でしょうね、現行価格で運営する給食会社が見つかりますかね、年度末で忙しいときに食堂コンペをやるのは大変でしょうね、コンセンサス得られるといいですね、と付け加えた。状況を察した相手の部長と課長は慌てて「改めて検討させてください」と言って協議は終わった。小一時間のあいだ協議に参加せず、ひたすら窓の外を眺めていたウチの取締役が「週末は雪みたいですよー」と言った。
その後、全面的ではないが価格改訂に応じるという回答が届いた。新しい法律(取適法)は中小企業を守ってくれない。戦う機会を与えてくれるだけだ。それでもいい。戦えるだけでマシってもんだ。下請けの戦いはいつも厳しい。(所要時間27分)このような給食会社の内幕を書いたエッセイ本を出しました→
