Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

仕事や労働を崇めるのはやめましょう。

SNSにときどき流れてくる、賢くない人による賢くない人向けの番組の切り抜きと思われる「イケイケな経営者たちが起業家志望の若者にダメ出しをする動画」が苦手だ。「仕事サイコー!」な価値観から、上から目線で批判している構図が見ていられない。そもそも「仕事でサクセスした俺スゲー」っていう考えが古すぎる。余談だが、彼らの言葉づかいが荒く、黒っぽい服をお召しになられているのは、同じような格好でアルファードに乗ってイオンにあらわれるマイルドヤンキーに夢を与えるためだと僕は推測している。

四半世紀前(2000年代頭)、僕が転職してきた頃の給食業界にはびこっていた「仕事観」「仕事に対する意識」は酷かった。研修で現場を回ったときに上司から言われた言葉が今もはっきりと記憶に残っている。強烈だったからだ。上司は「委託給食の現場にいる調理師は、他の飲食業界で脱落したり、自分の店を潰したりしてきた人間だ。飲食業界の最低の最低にいる連中だ。給食はそういう仕事だ」と言ったのだ。完全な見下しだ。極論ではあったが実態の一部をあらわしてもいた。実際、本部の指示を守れない人間は多く、現金(小払い)や在庫の扱いが怪しい人間がいたからだ。

一方、飲食業界の底と揶揄された現場の人間は職人気質で、妙にプライドが高く、本部の意見に聞く耳を持たなかった。彼らも「たかが給食」と給食をバカにしていた。「俺は料亭で腕を磨いてきたんだ。給食なんてバカバカしくてやっていられるか」そんな感じだ。当時の僕の周辺では、給食に関わる人間が給食という仕事を低くみていた。彼らは、給食という仕事、そこに関わる自分以外の人間を見下すことで、プライドと居場所を守っていたのだ。くだらない。あれから25年経ち、外資が本格的に入ってきたり、統廃合が行われたりして業界からはそういう空気はなくなった。本当に良かった。

仕事には上も下もない。商社マンやメガバンク行員や給食会社社員はいずれも職業の1つに過ぎない。違いは賃金の違いくらいだ。仕事や職業に上下関係を発生させるのは仕事を特別なものという思想だ。仕事に力を入れすぎ、想いを詰め込みすぎなのだ。つまり仕事を神のように崇めているからだ。「未来をつくる」「子供に誇れる仕事をしよう」的なポジティブな内容の薄気味悪い大手企業のイメージCMも、給食業界なんて飲食のなかで最低と卑下するのも、ベクトルの方向が真逆なために分かりにくくなっているが、起点は共通で仕事をマジでとらえすぎ、特別なものと考えすぎている点にある。

真面目に取り組むのはいい。いや金を稼ぐのだから真面目であるべきだ。けれども仕事を特別視して崇める必要はない。働くこと、仕事で成功することは生活の一部で偉くも特別でもない。ましてや神でもない。たかが仕事なのだ。僕は30年働いてきて、仕事は罰ゲームという結論にたどり着いた。クソゲー、無理ゲーと進化を経て罰ゲーム。金を稼ぐための罰ゲーム。罰はほとんど空振りに終わった営業活動に費やして無駄になった若さと時間だ。でも、罰ゲームだからこそ効率的に結果を出したいと工夫して取り組めたのだ。楽しいゲームだったらずっと浸っていたいと考える。罰ゲームだから早く終わらせたいと考えるのだ。

たかが仕事と割り切ることで、過度な感情を込めることもなくなり冷静に仕事とそれに関わるものに向き合えるようになる。「たかが仕事」と肩の力を抜いて取り組めばいい。わざわざ「されど仕事」といって仕事の地位を上げる必要はないのだ。仕事を、働くことを神のごとく崇めるのはやめましょう。(所要時間19分)