
僕は給食会社の営業部長だ。先日、法人から給食業務委託契約の解約通知を受けた。悲しいけど解約は給食ビジネスの一部である。だが、今回の事案はただの解約ではなく、給食のビジネスモデルを揺るがしかねない事案であった。
解約されるのは某法人が経営する施設における給食業務だ。昨春の施設開設時から当社が受託して、一年半になる。施設の立地が事業圏外だったので、当初、契約するつもりはなかった。それでも契約したのは法人のお偉方から、どうかどうかと懇願されたからだ。それが一転して解約。彼らに人の心はあるのだろうか。
事業圏外のため、現地スタッフの採用やマネジメントの面で苦戦した。ようやく安定運営できるようになったら解約。不意を突かれた。競合他社の匂いがまったくなかったからだ。それもそのはず、法人が直接給食提供を行う、いわゆる自営方式への移行だからだ。「スタッフはどうするつもりだろう?」という謎はすぐに解けた。法人が当社の現場スタッフを全員引き取ってそのまま運営する計画だった。
要するに、築き上げてきた現場スタッフと給食ノウハウ、各種マニュアル等給食のビジネスモデルを丸ごと抜いて法人自ら給食事業をおこなうということ。当社が投資してきたコストは無駄になったうえノウハウを盗まれる。仰々しい言い方をするなら給食ビジネスモデルの危機だ。当社の現場スタッフは現状よりも好条件で雇用されるのだろう。うらやましい。そこに人の心はあるのだろうか。
対抗策を考えてみたけれども、どうにもならなかった。倫理的にクエスチョンは残るけれど手続き的には問題がない。契約で定めたとおり解約通知は解約日の3ヶ月前である。即時解約ではいくつかの要件(重大事故発生等)が定められているが、今回は通常の解約であるため要件に該当しなくてもいい。人的資源やノウハウが丸ごと持って行かれるのは倫理的な問題があるかもしれないけど、残念ながら阻止できない。元々そういう計画で当社と契約締結をしたのだと僕は考えている。法人は今後いくつかの施設を展開していく予定で、それらの施設の給食を自営方式でやっていくためには給食ノウハウを吸収する必要があったのだ。強引に契約を迫ってきたのも…つじつまが合う。彼らに人の心はあるのだろうか。ないだろう。
施設は陸の孤島のような立地で、食材や消耗品などの業者の納品ルートから大きく外れている。そのため給食業務としての契約関係は終わるが、食材や消耗品を買ってもらうカタチで関係が続くことになった。僕は関係を切るべきと考えていたけれど、当社会社上層部が解約による売上ダウンをカバーするためにと法人と口約束を結んでしまったのだ。彼らにプライドはあるのだろうか。ないだろう。
法人との交渉の席に臨んだ。給食会社として解約し、食品会社として契約を締結するのだ。これからは給食会社としてではなく食品業者としての付き合いになる。法人担当者は当社の食材価格表を準備していた。現場スタッフから手に入れたのだろう。彼らには人の心がないようである。予想通りの行動である。
僕は持参した見積書(価格カタログ)を提出した。すると担当者は従来の価格表と内容を比較して「高すぎる!」と悲鳴をあげた。「見てください。骨抜きの白身魚の切り身の値段が全然違うよ」と。想定内の反応に対して僕は「そちらの価格表の価格は給食事業としての価格表になります。そして今回お持ちした価格表は食品会社としての価格になります。当社が確保すべき利益が乗せられているので高くなってしまいます。契約と仕事がまったく違うのですから価格が変わるのは当たり前じゃないですか」と説明した。値下げを求められたが、応じなかった。「他社もこちらにはわざわざ配達しないでしょう。ウチの献立を盗用するのでしたらウチの食材を使っていただくのが一番です。切り替えたらこれまで蓄積したノウハウの修正が大変ですよ」。こうして新たな契約を締結した。
じつは提出した見積は当該法人向けに新たに価格設定をしたものだ。その価格で取引することで当社が確保できる利益は、当該法人施設における給食事業で出していた利益を上回る計算だ。何も悪いことはしていない。相手がビジネスに徹したように僕もビジネスに徹しただけである。正しさには正しさで、心ない行動には心ない行動で対抗するしかないのだ。30年も営業マンをやっている僕にまともな人の心なんか一ミリも残っているわけがないのだ。(所要時間23分)給食ビジネスについて書いた本を昨年出しました→
