Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ドリフター(drifter)

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スマホやインターネットはなかった。コカ・コーラは250mlの細い缶で飲んでいた。どこにいっても煙草を吸うおっさんがいた。電車に乗るには、改札で乗車券にハサミを入れてもらわなければならなかった。1980年代。僕は小学生だった。そういえば駅の券売機で子供価格の切符を買うには、カバーを上げてからボタンを押す必要があった。子供用切符ボタンを守っていたあのプラスティック製のカバーは、何者から僕ら子供を守っていたのだろう?

コンビニエンス・ストアはいくつかあったけれども、勢力は小さかった。まだまだ個人経営のスーパーマーケットが元気な時代。僕の家の近所にもそんなスーパーがあった。食品スーパーではない。品揃えは現在のコンビニよりもバラエティに富んでいた。肉、魚、野菜、生鮮食品コーナー。冷凍、冷蔵、加工食品のブース。店頭の焼き台からは焼き鳥やお好み焼きの匂いが流れていた。お菓子。各種飲料。文房具。店先には10円で動く遊具も置かれていた。親に連れられていった僕も、巧みな交渉術でオマケ付きのお菓子を手に入れていた。ロボットアニメのシールや、宇宙飛行士の記念切手のレプリカが入れられた、甘い甘いチューインガム。

スーパーが開店したのは僕が小学生低学年の頃だ。客は多く、商品が狭い通路に溢れていた。セールを呼びかける店員の大声が響き、店長と奥さんはいつも忙しそうだった。数年後、僕が中学生の頃にブームは終わった。理由はわからない。大手スーパーの進出やコンビニの台頭といったところだろう。中学生の目にも、ごちゃごちゃした店内は古いものに映った。コンビニに比べるとダサかった。登下校の途中に立ち寄っているところを友達に見られたら馬鹿にされそうな店になっていた。それでも週末になると駐車場は車で埋まっていたから地域の固定客に支えられていたのだろう。高校生になると、客は目に見えて減った。登下校の自転車から見たスーパーはいつもガラガラで閑散としていた。どうやって経営が成り立っているのか不思議なほど。僕は近未来の閉店を予測した。

予測は外れた。スーパーはもちこたえたのだ。僕が大学を卒業し、社会人になってもあり続けた。原チャリから見えたスーパーは、看板の文字が一文字欠け、外壁の塗装がはがれ、老朽化が進んでいた。80年代のピカピカしたものが色褪せたときに実際より老けて見えるあの感じがした。スーパーだけでなく、街自体が年老いてきていた。そして、ある日、スーパーは閉店していた。正確な閉店日を誰も知らなかった。「店長の奥さんが従業員と金を持って逃げた」という噂を母から聞いた。

スーパーの建物は、閉店後もそのままだった。二階部分が住居になっていて、日が暮れると灯りが点いていた。店長は出て行った奥さんを待ち続けているというストーリーを勝手に僕は想像した。シャッターが閉じられた店舗は、賑やかな店舗が瞬間冷凍されて保存されている。奥さんを驚かすために。そんなストーリーだ。

異変に気が付いたとき僕は30歳になっていた。正直に告白すると僕はスーパーの存在を忘れていた。大人になった僕は、閉店したスーパーに注意力を割いていられるほど余裕がなかったのだ。ある晩、帰り道にふと気になってスーパーの方を見ると、敷地内に植木鉢やプランターがたくさん置いてあるのに気付いた。ハンパな数ではない。かつて段ボールに入れた野菜が並べられていたスペースが植木鉢とプランターでぎっしり埋められていたのだ。壊れた遊具がその中に見えた。やがて、草木は伸び、名前の知らない花も咲いていた。かつてスーパーだった店舗が草木や花に包まれていた。小さな森だ。仕事の帰り道、煙草をくわえた店長がホースやジョウロで草木に水をまいている姿を何回か見かけた。彼は静かに淡々と水をまいていた。僕には店長が、店がどこかへ漂流していかないように草木に根を張らせているように思えた。あるいは店長自身が流されないように。またはいつか帰ってくる人のために。

母親から、スーパーが地域の問題になっているという話を聞かされた。管理が行き届いていないため、草木が伸び放題と苦情が出ているというのだ。僕はスーパーの草木が敷地からはみ出していないことも、ある一定の高さ以上には伸びないようにしていることも知っていた。プロが育てているわけではないから、素人っぽく、秩序が見えないだけだ。誰かの不自然は、実害がなくても、誰かの無理解と先入観によって迫害へ繋がるのだ。店長はたぶん誰にも干渉されない一人だけの王国を作りたかっただけなのだ。誰だって流されないように、居場所を守るために日々を生きている。店長も同じだった。なぜ人とちょっと違うだけで責められなければならないのだろう。スーパーを覆っていた草や木や花がなくなったのはその噂を聞いてから数か月たったころだ。住民から申し入れがあったとかなんとか。こうして店長がスーパーの跡地に築いていたひとりきりの王国は崩壊した。

 店長はいなくなった。スーパーは更地になってそのまま数年間放置されていた。先日、通りかかったら小さい白い住宅が3軒建てられていた。誰かが生きていた場所は、誰もしらない地図になって、そのうえに何も知らない誰かの新しい人生が描かれていくのだ。人間や生活のたくましさを見た気がした。今はもうあのスーパーマーケットの話をする人間はいない。子供だった僕は中年になり、大人だった人は年老いたり亡くなったりしている。街も、住んでいる人も変わった。僕は、実家の食器棚に貼ったガムのおまけのロボットアニメのシールを見るたびに、忘れられたスーパーと、店長が育てていた小さな森を思い出しては、苦さと懐かしさがぐちゃぐちゃになった気分になる。(所要時間28分)