僕は、給食会社の営業部長、先月、部下に同行して北関東地方の某市まで赴いた。相手は地元企業をターゲットにしたお弁当屋のオーナーだ。オーナーは中国出身の女性で、弁当事業をはじめたものの、計画通りにいっていないため、日本人向けの日替わり弁当の献立作成とメニュー開発について当社に相談してきたのである。中国語の堪能な部下S山が担当として交渉を進めてきた。交渉が順調なので上司である僕と共に現地に赴いて、現場視察と面談をすることになった。非営業畑のS山はノルマの達成が厳しく、この案件に賭けるものがあるようで、行きの道中から血の気が引いていた。
S山情報によるとオーナーは日本語が上手くないらしい。テクノロジーは言語の壁を越えるのを容易にする。スマホの翻訳機能を使えばいい。しかしS山は「それでは血の通った話が出来ない」と主張して自ら通訳を買って出た。並々ならぬ決意を見せるS山に通訳を任せたものの、僕は「らんま1/2」で学んだ中国語で話に加わるつもりでいた。通じたら大歓喜!
まず僕が「お問い合わせ、ありがとうございます。改めてお問い合わせの経緯を教えていただけますか」と笑みを浮かべつつ言うと、S山が「ペラペラぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺら!ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ」と中国語に訳した。何を言っているのかまったくわからない。僕はS山が訳しているのに合わせて笑みを浮かべた。まるで自分が話しているように。時おり首を縦に振るなどする。馬鹿みたいだ。オーナーは、ほーん、と笑うと「ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ!」と中国語で言った。S山が真剣な顔で二言ほど確認してから「こちらこそありがとうございます。ネットで見ました、だそうです」と訳した。短すぎやしないかジャパニーズ。日本語に訳すとシンプルになるものなのか。
僕はまた笑みを浮かべて「では、あなたが今抱えている問題とご要望を教えてくれませんか」と通訳者に気をつかって短く言った。S山は、僕の意を汲み取って鋭く頷くと「ペラペラぺ」と中国語訳した。短っ。意を汲みすぎて肝心な点を削除しているのではないか。そんな僕の懸念をよそにオーナーは我愛你的な微笑をたたえると「ペラペラペラペラペラペ」と短く答え、S山が「メニューが中華料理に偏ってしまっているため、日替わりのメニューとレシピ開発をお願いしたいそうです。価格帯は800円から1000円を考えているそうです。それから調理師は中華料理専門なので日本の定番料理のコーチもしてもらえると助かります。だそうです」と訳した。今度はずいぶんと短いセンテンスに多くの意味が入っていた。
中国語の圧倒的な実力に圧倒された僕はまたまた笑みを浮かべ「当社ならその問題の解決とご要望に応えられると思います」とS山に訳すよう促すと彼は白い顔で「ペラペラペラペラペラペラペラペラ」と訳しはじめ、そこで僕の顔面に目線を向けてオーナーの目線を僕の顔面に誘導してから、はっはっは!と笑った。オーナーも手で口もとを隠しておっほっほ!と笑った。僕も事情がわからないまま、事情がわかっていないと悟られぬよう、いい感じに進んでいるポジティブ感を前面に出して、オ〜ケ〜とアメリカン風に手を叩いて笑った。するとS山が「ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ」と残りを中国語訳した。オーナーはしばらく沈思してから「ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラホント二ゴメンナサイネ」と答えて手を合わせて頭を下げた。神妙な表情を浮かべている。これはどういうこと……と戸惑っているとS山が「前向きに検討します。後日連絡します、だそうです」と訳した。短い。あと表情から前向き感が伝わってこない。あとホント二ゴメンナサイネはいずこ。いくつもの疑念が渦巻いていたがS山を信じるしかない。数年間中国本土で暮らしていたS山の中国語は本物だ。顔もジャッキーチェンに似ている。
僕は「良い連絡を待ってます」と言った。すかさずS山が「ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラシェイシェイ」と中国語に変換。長すぎやしないか。それに対してオーナーは「ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラホント二ゴメンナサイ」と言い、「良い商談が出来て良かった、と仰ってます」とS山が訳す。だからオーナーの言葉が短くなりすぎなんですけど、ホント二ゴメンナサイが行方不明で気になるのですけど、と言いたい気持ちをその場はこらえて僕たちは商談を終えたのである。
帰路、S山に疑問をぶつけた。きちんと僕とオーナーの話を訳していたのか?ホント二ゴメンナサイはどこへ?なんか僕の話が短くなりすぎでは?まるでプロスポーツの外国人選手がヒーローインタビューでたくさん話したあとで通訳が「明日も応援よろしく」とひとことでまとめたみたいだぞ、と。問い詰めると今回の面談の前のメールと電話のやりとりですでに商談は暗礁に乗り上げて破談待ったなしだったが、このままでは自分の責任にされてしまう、それならば商談の席に中国語の分からない上司を連れて行き、そこで商談が不調に終わったように誤魔化せば破談の責任を二人でシェアできると考えたそうである。なんたる悲劇。途中で僕に目線を向けて笑っていたやりとりについて追及したが誤魔化された。おそらくウチの上司は中国語がわかりませんからーと馬鹿にしていたのだろう。部下の涙ぐましい努力に免じて許そう……という気持ちはいっさいない。責任とるよろし。(所要時間25分)給食会社の営業の最前線の話はこのエッセイに収録されています。



