Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

中小は価格転嫁できても賃上げできませーん。

 僕は食品会社の営業部長だ。勤めているのが人員に余裕のない中小企業のため、本業の新規開発だけではなく既存クライアントとの交渉も任されている。今は、年度末ギリギリまで続いていた価格交渉を終えて落ち着いたところだ。「ウチも苦しいんだよ。値上げ?無理無理~従業員にも泣き寝入りしてもらっているんだから」と却下する一方で、春闘で組合にしれっと満額回答していた素晴らしい某大手企業のような例外を除けば、原材料等コストと人件費上昇分(見込み)を転嫁した価格で契約更改することができた。合格点をつけられる交渉だったのではないか。

 僕の勤務する会社には定期昇給がない。中途で入った当初はあったが、会社上層部が今のメンバーになってから凍結されてしまった。実力主義を打ち出した彼らは、業績が向上すれば定期昇給は行うと説明してきた。コロナ時代の業績低迷に耐え、価格転嫁交渉がうまくいった今こそが定期昇給を行う千載一隅のチャンスと僕は思った。いや、全社員がそう思っていたはず。状況的にも大手の賃上げムード、大手の初任給アップ、大手政党総裁兼総理の岸田さんによる「大手発の中小企業への賃上げ拡大」発言など、賃上げ今しかないムードむんむんである。そのムードに乗って年度末に開催された部門長レベルの会議で「価格交渉も成功して状況も良いので定期昇給をしませんか?」と提案した。賃上げベースはどの程度になるか、という話になるかと思ったら、上層部の答えはまさかの「価格転嫁できても給料は上げられないよー」という非人間的なものであった。反対の根拠として「賃上げは大企業の話。中小にはそこまでの体力はない」「今はいいけれど先行きはまだわからない。中小の我々には体力がない」「賃上げは想定外。高齢の我々には今から準備をする体力がない」などと彼らは体力不足を挙げたのでございます。「賃金をあげていかないと人材確保ができません」と粘ったが、上層部は「事業に支障が出てから考える」という回答。いけずー。

 期待した者がバカである。今の経営者たちは、大手であれ中小であれ失われた30年から脱出する方法を見つけられなかった人たちだ。極論をいえば、人員整理をすすめる、非正規雇用の拡大、下請けを叩く、といったリストラ的な手法しか出来なかった人たち。期待するほうが間違っている。30年間の停滞で怖気づいているので、たまたまここ数か月株価があがり、賃上げムードが爆上がりしても、価格転嫁がうまくいっても、「まだ安心できない」つって賃上げには至らないのだ。なお、大手が賃上げできるほど体力があるのは、新しいモノやサービスを生み出したからではなく、業界の最上部にいてリストラ的な手法で利益を稼げたにすぎないからだ。吸い取られる一方の中小に体力は残っていない。

 失われた30年は僕の社会人時代と一致している。見た目と名称を変えたリストラ・リストラ・リストラの歴史だった。リストラが日常であったから、給料が上がらない状況であっても首になるよりマシと受け入れてきてしまった。中小企業に勤めている人ならわかると思うけれども、大手の賃上げニュースを見ても、「大手だからできるよね」という諦めムードが蔓延しているだろう。というわけで中小企業においては、大手ほど体力や余裕がない、空白の失われた30年間で怖気づいているという経営者サイドと、給料が上がらないのを受け入れてきた労働者サイドのネガティブ要因が強く残っていて、定期昇給をしよう/してくれ/やらなきゃまずいという大きな波にはならず、価格転嫁や価格アップというプラス要因があっても、定期昇給には直結しないのである。

 なお、会議において上層部は「定期降給なら今すぐに導入したいくらいだ」「賃金を上げるなら、人を少なくしよう」などと冗談を言っていた。冗談かと思ったら真顔。観測気球らしい。「いいっすねー」なんて合わせていたら賃下げが現実になるかもしれない。「今度、定期降給なんて言ったら冗談でも労基に訴えますよ?」といってバカな観測気球を地道にパンパン割っていくのも、中小で管理職をやっている僕に与えられた大事でくだらない仕事なのだ。(所要時間25分)