Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ゆとり世代の元同僚のFIRE生活が僕のハートに火をつけました。

(12年前!のエピソード1)

2024年7月某日、猛烈な酷暑下の神奈川県某所。かつて「必要悪」を自称したゆとり世代の元同僚と再会した。会いたくはなかったが、暑さから逃げるように飛び込んだドトールコーヒーショップに並んだら前にいた。で、一緒にお茶をすることになった。ゆとり君は、二人掛けの小さなテーブルの上にハンカチを広げ、そのうえに鞄を置いた。なお、僕の鞄は足もとである。そしてゆとり君は「『カバンはハンカチの上に置きなさい』を知っていますか、課長。表層的な意味ではなくて相手の立場で物事を考えるということですよ」と言った。小さいテーブルの天板の面積の7割強が、ゆとり君鞄に占拠されていた。なぜ薄汚れた鞄の真横のクソ狭いスペースにアイスコーヒーを置かなければならないのか。この状態が、相手(僕)のことを考えているように見えるらしい。重症だ。「立場」の発音がGODIVAっぽいのも気になった。なお、些末だが僕の役職は部長である。

仕事も残っていたし、テーブルは鞄に占拠されて狭えし、早く会社へ戻ろうとアイスコーヒーを速攻で吸っていると、ゆとり君が「課長、俺、FIREしたんですよ」と声をかけてきた。「仕事してないんだ」と話を合わせると「働くことが前提になっている社会に疑問を持ちまして…」などと言う。嫌な予感がビンビンした。帰ろうという意思とは逆に「今、何しているの?」と口が滑ってしまった。するとゆとり君は、はーっ、とワザとらしいため息をつき、「Sorry…」と謝ってから「日本語は論理的な構造が曖昧で嫌になりますね」と言った。こいつは何を言っているんだ。戸惑う僕をよそに彼は「『今』を現時点、『何』を状況とするなら『俺は課長とお茶をしている』が答えになります」と言った。アホだ。

「帰るわ」「もう少し話をしましょうよ。感動の再会じゃないですか」「そんなに日本語の曖昧さが嫌なら英語で質問するよ。『What do you do?』これなら明確だろ」。ゆとり君は悲しそうな表情を浮かべた。まさかとは思いますがこんな簡単なフレーズの意味がわからないのか。おもろー!からかってやろう!と思っていると奥様の言葉が心の中にリフレインした。「キミは相手が弱いところを見せるとストーカーのように執拗に追い続けて攻撃するよね。それキモイよ」。確かによくない傾向、性癖だ。一瞬で反省した僕は「お仕事は?」と日本語訳を伝えた。優しい。ゆとり君は「外資です」と答えた。うん。その回答、微妙にずれているね。何をしているか全然伝わらない。相手の立場になって考えるとは何だったのか。僕は小さなテーブルを占めるハンカチと鞄を見つめて心を整えた。

いやちょっと待て。「あれ。FIREしたって言っていたよね?」「そうなんですよ。貯蓄もないのにFIREしたから大変なんですよ。火の車ですよ」まさか…ゆとり君、FIREの意味を分かっていない?もしかして、ただの無職?まさか炎のシュレンのFIREなのか。いやどちらもFIREではあるけれども。疑念を確かめるべく「ドアーズの『Light My Fire』のFIREか…」と僕が言うと、「課長…またロックですか。相変わらずですね。怒らないでください。これは褒め言葉ですからね」とゆとり君。

ハートに火をつけて(2017リマスター・エディション)

ハートに火をつけて(2017リマスター・エディション)

  • アーティスト:ドアーズ
  • ワーナーミュージック・ジャパン
Amazon

この流れでどう褒め言葉と受け取ればいいのだろうか。テーブルは狭く、僕の鞄は床の上だった。ホメオパシーでもやってろよ。

「じゃあ帰るよ」これ以上接触するとアホが伝染するので僕は帰ることにした。別れ際に名刺を渡した。「課長、うまくやりましたね。部長になったのですね」「たまたま、運に恵まれただけだよ」謙遜しておいた。するとゆとり君は「課長世代は、実力に関係なく、たまたまの運だけで行けましたけど、俺ら世代は実力しか認められないから苦しいですよ」と言った。謙遜がわかなかったみたいだ。相手の知的レベルに合わせられなかった僕が間違っていた。きっつー。この時点で再会して10分。体力と精神力の消耗が激しい。つかお前は今、何をしているんだ?「僕とキミは、同じ時代を生きているから同じだろう。今は誰でも実力と結果がないと厳しいよ」「いや。課長の属する団塊ジュニア世代と俺より下のZ世代は勢いでやってしまいますからね。俺の世代とは違いますよ」話がかみ合わない。ゆとり世代の、競争のない、叱らない教育がこんな怪物を生み、小さなテーブルを鞄で違法占拠するのだ。早く脱出しなければ。さもなければ死ぬ。

「まあFIRE頑張ってよ。よくわからないけど。じゃあ今日はこれで」「実は、息子が12歳になりました」僕は席を立つのをやめてしまう。「そっか」あれから12年か。アホな僕らは何も変わっていないのに。「それでよりを戻して再婚することになりました」「良かったじゃないか」そういえばゆとり君の離婚をすっかり忘れていた。どうでもいいことだから忘れていたけど、実にめでたいことだ。「何がいいんですか?」「えっ」話が見えない。「別れた妻と再婚なんてありえませんよ。新しい彼女と喧嘩して別れていたのですけど、このたびめでたくヨリを戻して再婚することになりましたー。だから養育費はこれからも払わなければいけないのです。いいことなんてありませんよ」知らねーよ。《新しい家庭を築いても養育費免除にならないのはおかしい。一生、幸せになれない》と嘆くアホを見つめながら、こんなことをしているくらいなら、大嫌いな仕事をしていた方がマシだと心の底から思っていた。勘弁してくれ。脳が破壊されそうだ。

「課長の会社は人手不足ですか?」ゆとり君が訊いてきた。嘘をいっても仕方ないので「世間一般の企業と一緒で不足しているよ」と答えた。「紹介してくれませんか」「誰を」「課長の目の前にいる優秀な元営業マンです」おかしいな。僕の目の前にいるのは、一緒に働いていたときノルマを一度も達成したことがなく、素行が悪く、すでに30代後半にはいって若さも可能性もない中年男性だけである。こんな不良品を会社に持って帰ったら会社での立場は危うくなるうえ、最悪、会社自体が木っ端みじんに吹っ飛ぶかもしれない。一瞬で断ることを決めた。「今何をしているのか答えられない人は紹介できない」「経歴はいえませんが、実力と実績で評価してください」ないよ。実力と実績、両方とも。「うーん無理だ」「ですよね。課長には迷惑はおかけしません」おっ。必要悪を自称していたゆとり君も1ミリくらいは成長したみたいだ。1ミリでもマンモスうれぴーよ。

ここで僕が「じゃあ今日はこれで」と話を打ち切ろうとするとゆとり君は執拗に食い下がってきた。「ですから採用担当を紹介してください。課長のような名ばかり管理職ではなく、しっかりとした人事権のある人を紹介していただけたら、あとは自分でやりますから」名ばかり管理職!長年会社員をやってきたけれども名ばかり管理職という蔑称で呼ばれたのははじめてであった。つかれた。残機ゼロ。ヒットポイント切れ。『へんじがないまるでしかばねのようだ』状態。かつて必要悪を自称した男が、ただの頭の悪い男になっていた。「じゃあ追って連絡するから」僕は嘘をついて席を立った。ゆとり君の別れ際の言葉をここに記してこのエピソードを締めさせていただく。「都知事選の結果見ましたか?石丸さん凄かったですね。いつか俺も、彼みたいに選挙に出馬して自己責任のうえで自分を表現してみたいです」(所要時間45分)