僕は、数年前まで給食会社に勤めていた。営業職だ。残念ながら、今も、給食とは完全に縁が切れていない。現在勤めている食品会社にも給食部門があるからだ。ただ、給食部門からヘルプがあるとき以外は関わらないので、給食の営業マンとしては半分引退状態になっている。転職した理由のひとつは給食に嫌気が差したからなのに、給食と離れられない。腐れ縁である。
先日、前職の同僚から連絡を受けた。「こういうときはどうしたらいいのですか」という相談である。話の内容はクソすぎた。僕が給食から離れたいと思った原因の原液のような内容。給食というと、一般的には学校や保育園の給食をイメージする人が多いが、僕が主に携わっていたのは、社員食堂の給食事業だった。ほとんどのクライアントは良心的であったけれども、いくつかのクライアントはわかりやすく給食会社を見下していた。まあ、見下してくるのは、たいてい大企業。給食事業というのは、労働力集約型事業だ。新しいクライアントを獲得するごとに配置するスタッフを異動、昇格、採用で確保しなければならない。たとえば、契約の開始が4月頭の場合、その前に(1~2ケ月前)先行投資として人材を確保していく。「ぱぱーん4月でーす。今日集めたばかりのメンバーで社員食堂やりますよー」というわけにはいかない。人材に余裕のある大手給食会社はさておき、僕がいた中小規模では新しいクライアントを確保するたびの人材確保に本当に苦労したものだ。これが給食をイヤになった理由ではない。前提にすぎない。新しいクライアントから内定をいただいたら、事業開始までの準備期間に人材確保等で動くことになる。内定には契約金額が当然含まれている。だが、正式契約ではない。正式契約をしてからの準備では間に合わないので、先行して人材確保を進めていくのだ。余裕のない中小企業はなおさらだ。
ところが、給食会社を見下す企業は、こちらが身動きできないタイミングで「以前の業者より高い」「他の事業所の契約金額と比べると突出している」「金額を下げる案を出してくれ」などといって契約締結前に金額の引き下げを申し出てくるのだ。こちらは中小企業である。現場スタッフはすでに雇用している。異動させた場合は補充人材を雇用している。大きな社員食堂なので相応の予算を組み、システムや物流ルートも構築している。また雇用したスタッフはたやすく解雇はできない。身動きが取れない。悪い大企業は、僕らのような給食会社が身動きを取れず、値下げに応じることしかできない状況にあるのを熟知していて、撤退できないタイミングで値下げを依頼してくるのだ。窓口になっている担当者はどいつも似たような感じに「前業者や他事業所とのバランスもあるんですよ~」とか「もちろん契約を締結しないという話ではないんです。前向きに進めるための協力をお願いしているんですよ~」などと言ってくる。クソなのが「いくらにしてほしい」とは絶対に言わないこと。こちらから金額を言わせるように仕向けるのだ。そして「社員食堂のコスト削減できました」と上に吉報を届けているのだろう。僕が現役の給食営業マンをやっているとき、こういう話は何度かあった。条件を飲んだこともあったし(スタッフの行き場が見つからなかった)、現場スタッフの行先の目途がついたときは「できません」と断ったこともある。「わかりました!金額を半額にします。そのかわり社員食堂の営業時間を半分にして定食の分量を三分の一にしますね。食堂には貴社担当者様のご意向にそってこのような社員食堂になりましたというポスターを貼らせていただきますねー」と反撃したこともあったな。本気にされなかったが。「値下げした:突っぱねた」の比率は7:3くらいか。
僕の経験からいって、大手企業で比較的頻繁に社員食堂の運営会社(給食会社)を見直しているところ、大手企業なのに中小規模の給食会社と契約しているところ、また事業所ごとに異なる給食会社と契約しているところは、こうした傾向があるので注意が必要である。僕は退職するとき、これらの情報と対策、それから要注意企業の名を引き継いだ。後輩たちを思ってではなく、給食会社、中小企業をナメている企業にムカついていたからである。相談は、内定して準備を進めて契約締結をする段階、人材を確保して身動きができなくなった段階で、突然クライアントから値下げ申し出を受けて困っているという話だった。しかも、僕が要注意企業としてあげておいたT(化学材料メーカー)とO(オフィス機器メーカー)だった。どちらも国内トップ企業。「前の業者や他事業所とのバランスなんて関係ない。すでに人を雇用しているから内定金額で契約しろと強気にいけばいい。しかるべき措置を取るといって軽く脅せばいい」と助言しておいた。まあ、厳しいだろうね。正式に契約を締結していないから。すでに辞めた会社なので他人事だけれども健闘を祈る。
僕が給食から距離を置こうと思ったのは、給食会社や中小企業を見下す一部の大手企業にムカついたからではない。見下すだけならいい。下請けなんてそんなものだからと諦められる。見下したうえで身動きが取れない状態にある弱みをついて搾取するような奴らと付き合って心身と時間をすり減らしたくない、人生の無駄だと思ったからである。そういうわけで、僕は給食営業マンを引退したのである。引退しきれていないけれどね。(所要時間32分)