Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

消費税増税分、価格に転嫁できません。

消費税増税に伴う値上げに応じない取引先との交渉に駆り出された。

 本来、僕の仕事は新規開発営業で、既存の取引先との折衝は他の部署の人間が担当しているのだけれど、昨年から引き続く人材流出と、消費税増税対応で追われているのと、面倒くさい仕事は水の如く下々に落ちてくる社風のせいで、僕のところに大役が回ってきたというわけ。僕が勤めている食品会社は社員食堂の運営もやっている。具体的な社名は控えさせてもらうけど富士山のある県にある一流企業の社員食堂の販売価格の交渉で、僕が取引先の担当と面談することになった。会社からは増税分の値上げを勝ちとることと契約の継続を命じられた。そんな三月末日であった。


担当者は「利益を共有出来ない取引はしないんですよ」と開口一番に言った。「なるほど。確かにそうですよね」と相手に合わせるようにいってから、僕は増税分の価格アップを提案した。すると、担当者は心配そうな顔で「国が決めたことだから価格アップは仕方ないとは思いますが、それにより御社の売上が減ってしまうことを私は案じているんですよ」と言った。まさか、それはウチの問題だから、とは言えないので、じゃあオッケーですか的な意味合いの顔をすると、「さっきもいったとおり利益を共有できる取引にしなければ」つって販売価格の据え置きを申し出てきた。


 僕は、販売価格据え置きなら、コストを抑えるために内容か分量を落とすことで対応しますが、と前置きして、具体的にどうなるかを説明しようとすると、打ち消すような声で「あーダメダメ!」とその担当者はいい「落としたら御社の評価が下がりますよ。企業努力でそのへんはやっていただかないと。値段下げます、そのぶんの質を落としますなんて、それは商売とは言いませんよ」といい、ガキの使いですよそんなの、と付け加えた。


 それから担当者が「チャチャチャーと普通の食事出してるだけでしょー」とか「そのへんのおっちゃんがやってる食堂だって値上げしないでちゃんと前と同じもの出すからね」と言ったので、自他ともに認めるガキの僕は、「おっちゃん食堂は私たちの業界のごくごく一部では三チャン食堂といってですね、これは、おっちゃんおばちゃんおばあちゃんを指して三チャンと言うらしいのですが、地域によっては、おっちゃんおばちゃんおじいちゃんを指すところもあるようですが、ま、いずれにせよそういった家族経営の食堂は労務費イコール利益的な感じで経営されているから、貴兄が仰るような値段据え置きが可能かもしれませんが、弊社は御社に比べれば豆粒のように小さくても株式会社。ですから労務費イコールとはならず、結果として適正な利益をとらなければならないんですよ」と、どうでもいいようなことを丁寧に説明しながら、結局のところウチみたいな、特別なスキルもスケールメリットもなく「小回りのきく仕事」「丁寧な仕事」を武器にするしかない中小企業の弱みを的確に突かれているな、とほとんど絶望的に気分になっていた。

 担当者がアマちゃん見てないの!と言ってくる人と同じような顔で「他の業者に当たるしか」とか「特別オタクじゃなくても」というのは偽らざる意見だろう。代わりはいくらでもいるのだ。フレンチでもイタリアンでもない、たかだか普通の定食なんて特別なスキルがいるわけないのだからどこでもいい。フレンチやイタリアンは、いいかえれば、ネジや釘かもしれない。強者からみればチャチャチャな仕事なのである。都合のいい取引先なのである。増税以前の原価高騰を「努力してよ」のひとことでおさめたことなど忘れているのだ。チャチャチャで数百食分の食事を短時間で提供することにリスペクトはないのだ。

 想像力の欠如といったら話はそこで終わってしまう。強者には人の弱者の痛みがわからないのではない。むしろよくわかっている。弱者の弱みに対する想像力には長けている。つまり、断れないだろ、仕事なくなるぞ的なスタンスで、人の弱みを想像し計算し、笑顔で手を差しのべているポーズをしてるのだ。面白くない。

「消費税増税分の上乗せを了承していただけないのならしかるべきところに相談します」僕はストレスを感じながら告げた。担当者からは、驚きもせず想像どおりの言葉が返ってきて僕はなぜだか安心した。「わかりました。持ち帰ってもらって、よーく検討してください。よーくね」弱みに対する想像力だ。出来やしないとタカをくくっているのだ。

 僕は退席してすぐに公正取引委員会に電話した。相談窓口の電話はつながらなかった。たくさんの僕みたいな人間がいる。そう思うと僕は痛快な気持ちになったんだ。