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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「世界の半分をお前にやろう」とゆとり世代に言われた。

日記

 ダメになった組織を蘇生させるのは、新しい組織をつくるよりも難しい。そんなネガティブな考えを持ちはじめたのは、営業部再建という名目で各部署へ異動した同僚たちに声を掛けたときだ。かつての同僚たちは言わば同じ釜の飯を食べた最高の戦友。「もう一度やらないか」そんな僕の声に、彼らは全員が快く「イヤです」と固辞した。ストレスからの胃痛。理不尽なノルマ。課長である僕の性格。理由はいろいろあるが、一番大きなものは営業部門外注化方針によって先行きの見えない営業部には戻りたくないという至極当然のものであった。

 土曜、夜。人の薄情さにやりきれなくなった僕は駅前の居酒屋でカウンターの人となりメソメソ酒を飲んでいた。突然、後ろから声を掛けられた。声の主に覚えはあって、本調子なら黙殺するところだけれども、メソメソだった僕は「久しぶりだな」と振り返って返事をした。僕はしくじった直後にしくじりに気づいてしまう。

 声の主はかつて僕の下で働いていたゆとり世代の青年で、「自分の居場所はこんな中小企業ではない」といって退職した後フリーターとなり、そのフリーター経験で逞しくなった精神面を武器に復職を画策した愚か者である。どういうわけか「必要悪」を自称していた。生活圏を同じくしているので顔をあわせてもそれほど不思議ではなかった。元同僚はタンクトップを着た友人と一緒だった。


 なぜか三人で飲むことに。とりあえず中ジョッキ追加、しようとすると「ちょっと待ってください」と不機嫌な様子で元同僚が言うので、あぁ最初から生ビールはいかにも中年のしきたりだ、下の世代に押し付けるのはよくないなぁと反省していると、彼は「課長は中ジョッキなんか飲んでるからいつまでも中途半端にくすぶってしまうんすよ。俺らは俺らスタイルでいきますから」と相当に失礼なことを言って大ジョッキを頼んだ。こんなの現実のはずがない。多分、幻聴。中ジョッキ追加。


 乾杯してから近況をきくと、SNSと若い能力をフル活用してグローバルでありつつ地元愛な事業を仲のいいダチとやっているという妄想を元同僚は語ってくれた。相変わらずのデイドリームビリーバー。幻を追うのは人の自由で何も言うつもりはないが、時折、「課長みたいな古い世代には出来ない」「課長には想像すら難しいでしょうが」と挟んでくるのがいちいち気に障るので「子供、大きくなったか?」と奴の急所を突いた。元同僚が離婚し一人息子を元妻に取られたのを元上司の僕は元々知っていた。彼の二の腕に光る子供のキラキラネームのタトゥーが眩しい。瞬間影になる元同僚。

 

 するといきなり「失礼じゃないすか」と割り込んでくるタンクトップ。どちらが失礼なのか。どうやらピアスを開けると聴力が低下するらしい。「いいんだよティーディーシー」とタンクトップを諫める元同僚。「いやだって」「だからいいって!ティーディーシー」「でもさあまりにも失礼だから」「いいんだってティーディーシー」テラスハウスみたいな安い友情ゴッコの間に中ジョッキ追加。

 

 話の中身よりティーディーシーが気になるので意味を聞いてみると「課長、知らないんですか、こいつの名前っすよ」。初対面なんだが…。奇声をあげながら拳骨同士を合わせるアメリカンなジェスチャーをするゆとり世代の若者二人。それを無視して「名前?ティーディーシー…もしかしてタダシとか?」といきなり正解を導き出すと「半分当たりですね」という謎な答え。本名タダシだけども今はタイニードリームカントリーを名乗っているらしい。至極どうでも良かった。中ジョッキ追加。

 

 ティーディーシーは一気呵成の勢いで僕を攻め立てる。「課長さん…聞いてますよ。課長さんはこいつの才能に嫉妬して、入社して半年間年休を与えないとか、遅刻した日の早退を許さないとか、すげーパワハラをしたらしいじゃないですか」何を言っているのかわからないので何も言えない。サイノーとは才NOという意味だろう。そうに違いない。「こいつが辞めるときも課長さんがなかなか辞めさせてくれなかったって。課長さん、才能ある若い俺らに嫉妬して恥ずかしくないんすか…」うぜぇ…。

 

 元同僚は、こんなしょうもない嘘をついて、いたたまれなさのあまり小さくなってるだろうな。誰でもしょぼい自分をよく見せたいときあるし、めんどくさいし許してやろう。武士の情けだ。などと大人の気持ちで元同僚をみると…何ということでしょう。元同僚は「もっと言ってくれよティーディーシー」「言ってもわからないんだよ」なんつって悪びれるどころかノリノリ。どうも異なる世界線に僕は迷い込んでしまったらしい。

 

 精神的にキツいので帰ろうとすると必要悪とティーディーシーが急に真顔になり「さっきの後ろ姿…随分悩んでいたみたいでしたね」と言った。僕はメソメソの理由を話した。それから百パーセントお世辞で「お前みたいな若い人間が右腕になってくれればいいんだけど」と言った。すると二人は、想像するに事業がうまくいってないからだろうが、答えを躊躇した。本気にされてもやべーなぁと思って観察していると、元同僚は「右腕だけでなく右足も一緒にどうですか」と言った。どうやらタイニードリームカントリーも一緒にという意味らしい。なぜ左腕でなくて右足なのかはわからない。

 

 変な方向に話が動きだしそうなのを阻止すべく「一人ならともかく二人は無理だ。君らの友情にヒビが入るのは忍びない、よしこの話はなしだ」と言う僕をよそに彼らはガシッと肩を組んで「集団的自衛権を行使します」と言った。 あまりのアホさに唖然としてうなだれた頭をあげられない僕にこんな声が投げつけられた。「俺ら、シールズとは面識ないけど思想的にはダチっす。憲法守りましょうよ」その声が二人のどちらのものなのか僕にはわからなかった。

 

 帰り際、自称必要悪は僕にこうも言った。「困っているときはお互い様です。課長にその気があるなら俺の左足になりませんか?」もはや腕だか足だかわからない。取るに足りないことだ。「はい?」「俺の会社の半分を譲っても構いませんよ。課長は会社を辞められる。俺は借金が半分になる。お互いにとってメリットしかありませんよ」地獄への扉が開く音を、アルコールで痺れていた頭で僕は聞いた。ポジティブはいいことだ。けれどポジティブなアホはそのポジティブさゆえに常にアッパー状態で、省みることがないから無敵だ。モンスターだ。僕はもう彼を治そう、正そうとは思わない。それは傲慢だ。人間の性格や性分というのは変わらない。僕も変われない。出来ることは、こういうモンスターに遭遇しそうな場所に己を置かないようにするしかないのだ。

 

 ヨタヨタで帰宅すると妻は「またキミは負け戦ですか…」と呆れ、翌日の日曜、なかば強引に僕を日光東照宮まで連れていった。どうやら徳川家康公から勝ち戦のやり方を学べというエールらしい。今後、必要悪の奴については見ざる聞かざる言わざるの方針で行くしかないと思った。