
僕は食品会社の営業部長。昨年夏に某法人から解約通知を受けた。業務内容は福祉施設の給食提供業務だった。解約通知には、ウチの会社に委託している業務を分析した結果、コストに見合わないと書かれていた。インターネットで見つけてきたテンプレ文章で気取っていたけれども、「給食なんて簡単だから自分のところでやる。金がもったいない」ということであった。給食業務の泣き所である。設備と人材さえ確保できれば始めるのはそれほど難しいものではないからだ。当該法人は、福祉施設に派遣している当社のスタッフを引き抜きまで行っていた。スタッフたちもウチよりも若干良い条件で雇用されるため、解約によって痛みを負うのは売上を失うウチの会社だけである。お支払いいただいている金額以上の価値観を提供できなかったということだ。ウチの会社上層部は解約に対して「失礼だ」「素人がやってもうまくいかない」と決めつけて激怒していた。なお、給食の素人という点ではウチの会社上層部も同じである。
解約は契約の規定どおりおこなわれた。通知された解約日(通知から二ヶ月後)を最後に福祉施設からは撤退した。現場スタッフは退職して法人に移籍。解約後、数か月して会社上層部が予言したとおり、その福祉施設の給食業務はうまくいかなかった…やっぱり素人だからね…というのがよくある話なのだけれども、実際にはすごくうまくいった。給食業務は円滑に動いていたうえ、ウチに支払っていた業務委託料が削減できたのである。こうなってくると、給食業務を請けていた当社としてはきつい。存在価値がない。「そのうち泣きついてくるだろう」と予測していた会社上層部はこの件に触れなくなった。僕は驚かなかった。ノウハウと人材を引き抜かれているのだ。運営できて当然。給食業は誰でもできる。それを失念して油断してアピール不足の当社の運営部門の失策なのだ。たまたま会合で、当該法人の担当者と顔を合わせた。「すごくうまくいっている」「給食事業は簡単だった」「もっと前に自分たちでやればよかった」と言われた。返す言葉がなかった。そのとおりだからだ。給食なんてそんな難しい仕事ではない。
何も問題がなく、うまくいっているときは、いい。しかし、緊急事態はそうはいかない。年末、その福祉施設でインフルエンザが大流行した。厨房スタッフも全員アウト。どうしよう!となってウチの会社に問い合わせがきた。法人内には厨房をヘルプする人材が見当たらないからだ。事務スタッフや介護スタッフを回したら、彼らの本来の業務が回らなくなる。このままでは給食提供が回らなくなる。やばい。給食業務を委託していれば、厨房スタッフの緊急時には給食事業者が対応する。自営ではそれができない。社員食堂でも同じだが、給食事業の面倒なところは異動や緊急時の対応といった労務管理とリスクマネジメントなのだ。当該法人はウチの会社の業務を査察してコストに見合わないと判断した。その査察は給食業務がうまくまわっているとき、いいかえれば問題がないように給食会社が回している状況を観察した結果にすぎない。うまくいっているところは簡単に見えるものなのだ。いいかえれば、給食事業がどういうものかシミュレーションできてなかった。特にリスクマネジメントの点で。この点を当社の運営部門が契約中にアピールが足りなかったともいえるけれども。「もしものときにはこうやりますよ」的な。ま、給食会社としては何事もなく給食を提供するのがもっとも大事ななのである。たいていのクライアントはその点がわかっている。
で、当該法人から「スポットで助けてほしい」と打診があったけれど、契約関係がないのだから助ける義務がない。そもそもあちらから解約してきたのだ。スタッフまで引き抜いて。なぜ年末の忙しい時期に助けなければならないのか。というわけで、人材に余裕がなく、スポットで次に繋がらない仕事はできない、という理由でお断りした。ビジネス的には機会損失である。実は、スポット的にごく短期間に人材を派遣するのは効率のいいビジネスである。だが、断った。結局のところ、ビジネスは契約や効率もあるけれども、人なのである。「おたくの仕事は簡単そう」「実際やってみたら楽勝だった」なんて言われたら助けなきゃいけないという気概や一緒に仕事をやりたい気持ちは蒸発するよね。良い子のみんなは、うまくいっている状況だけで判断せずに分析すること、余計なことを言わないこと、などに留意して契約解除は慎重にやりましょうね。(所要時間22分)
