Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私の異常なお見合い・発動篇 または私は如何にして謎の教団からの執拗かつ性的な勧誘を退けたか


 いいことなのか、それとも、悪いことなのか、わからない。でも、多くの人間がそうであるように、僕もまた、ギャルと激しい恋がしたかった。町を行き交うギャルは、何よりも素晴らしく、美しい。でも、三十路を迎えて五年、ギャルとはお近づきになれそうもないってことを経験が教えてくれた。だから、血迷ってお見合いをした――。


 鼻で笑えなくなった。これは悪いことだ。たぶん。謎教団の《虎シャツ》おばさんが別れ際に「あなたにはピラミッド生命磁場のズレが顕著に見られるわ。近いうちに地球自身のアセンション干渉によって災いが降りかかるだろう」と言ったのを、ワケのわからないことを言っておる、ふふん鼻で笑って過ごしているうち、右側に運転席が設置されている国産車の暴力のような仕様のせいで左側への注意が散漫となり、バック・オーライ!駐車する際に車の左側面を壁で擦ってしまったり、秋葉原の裏で「コノウラビデオ凄イヨゥ!流石ニホンジンのオニーサン!」とのたまう中東風外国人男性から購入し決戦に備え温存しておいた獣姦ものアダルトヴィデオを、ビールをがぶがぶ飲んで覚醒した深夜三時、「裏コード、ザ・ビースト!」と叫んで衣服を虚空に投げ捨てビデオデッキにカセットを突き刺すと、映し出された映像は動物同士の美しい愛の行為バック・オーライ!70分だったりして、鼻で笑えなくなっていったのだ僕は。ピラミッド生命磁場がおかしいらしいのだ僕はやはり。これが虎の言う《災い》か。虎よ、虎よ!


 いっぽう、シノさんは僕の家の玄関までやって来てドアチェーンの限界までドアを開けると、その隙間から具なし味噌汁やトロロが入った保温容器(手書きの真田家六文銭マーク入り)を差し入れてくれるようになった。シノさんは僕の家の合鍵を無断で作成した戦国時代好き西軍派趣味コスプレ、スザンヌ似の25歳推定D´カップ、サバトではノッピー☆と呼ばれている僕のお見合い相手。土曜日の朝、録画しておいたドラゴンボールZ改を鑑賞しているときにシノさんはやってきて、僕は居留守。ピッコロさんが悟飯を庇うように僕は僕自身を庇う。


 チャイムと携帯着信のあとで静かにドアの開く音。今朝は味噌汁か。トロロか。トロロがいいなあ。隣のトロロ〜トロロ〜軽やかに鼻歌。朝酒は歌を誘発する。シノさんのアニメ声が飛んできて鎌倉市内の窓ガラスすべてがびりびり振動する。「オヤカタサマーご在宅ですかあー」「いやー悲しいなあ、ピッコロさんが名誉の戦死ですよシノさん」「今はノッピー☆ですうー」魔女みたいな格好。膝までを覆う淫靡な黒い靴下はニーソと言うらしい。「魔女ですか?」「ミサミサですうー」ハイそうですか。シノさんが言うには虎の勧誘はまだ続いているらしい。ピラミッド生命磁場の件もあるし、もう一度虎と会ってみようという話になり、念のために武器として居間に転がっていたこけしのディルド君を片手に。


 で、喫茶店で待つこと3分。虎シャツおばさんこと虎のババシャツには今日はEROの文字、ショッキングピンク。ノーブラで胸に二つのポッチ。色仕掛けのつもりか。「お兄さん、災いが降りかかってきたの?」なぜ、わかるんだ虎は。尾行か盗聴か。「いえ、大したことはないのですが、先日仰ってたピラミッド生命磁場について少々興味がありましてね…」「もう勧誘はやめるですうー」虎は煙草を揉み消してウエイトレスの婆に「冷コー、シロップ五つ」と言ってからふむふむ僕の災いを聞くと言った。「もうフォトンエネルギーの影響からは逃げられない段階に来ているのよ」「もう少しわかりやすく…」「ありえないですうー」「つまりお兄さんは煩悩の囚人なのよ。私のようにフォトンパワーで八次元宇宙へ解脱すれば災いは去るのよ」と言う虎のシャツにはEROの文字。しかもショッキングピンク。説得力ない。


 虎の話は続く。「それでシリウスを母星にした新太陽系に人類はフォトンチルドレンとして移るの。つまり太陽系に物質界を残して、シリウスを媒介として霊体の覚醒がおこなわれるの」さっぱりわからない。「よくわからないのですが、つまりインポは治せないんですよね」と僕。「戦国時代はもうやってこないのですかあ?武士道もシリウスにいけないのですかあー?」とノッピー☆。虎はずずずっと冷コーを飲み干すと「そういったものはなくなるのよ。すべてはアメリカの特殊部隊がイラクの地下室からシュメール文明最高奥義フィフス・エレメントを発見したことで…」「もういいですうー」とノッピー☆が切り出した。「オヤカタサマの病気も治せない宗教に意味はないですうー私は絶対に入らないですうー。コスも戦国時代もないシリウス太陽には行きたくないですうー」。便乗して僕が「ピラミッド生命磁場って何ですか?」と訊くと「そんなこと言ったかしら…」ととぼける虎。いいかげんだなあ。ま、戦国武将のない世界に興味ないから勝手にアセンションしてろって言うと虎がずばっと飛び上がって僕の傍らにあったディルド君をひょいと奪い取り叫んだ。「こんな邪教がまかりとおるから!」。シノさんの悲鳴。「オヤカタサマーディルド君が!」


 「ディルドを、返せ!」。怪我している僕の両目が充血して赤く光る。虎はちょっと見ているだけよー、こんなコケシいくらでも代わりがいるんじゃないの、などと言っておどけている。僕はブチ切れて言った。「ディルド君の代りなんていない、ディルド君はディルド君なんだ!」。自然と声が大きくなっていた。「ディルドを、返せ!」。ディルド君を諦めて手放した虎は脱力してソファに沈み込んだ。あとにしようと立ち上がった僕とシノさんに虎は言った。声に力はなくなっていた。「あなたたちの神の名は、なんていうの?」僕は深呼吸をして落ち着きを取り戻してから口を開いた。「ロックンロール」


 「キミといるとポカポカする」246号線を走るヴィッツのカーステから流れるスーパー歌舞伎、音量を落としてシノさんが言った。僕は助手席で缶ビールを飲みながら聞こえないふりをしていた。道端に咲く紫陽花の色が雨に濡れてやけに鮮やかな、青。